令和8年(2026)9月2日(水)  旧暦7月21日 先負
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 691枚
- お守りの期限を問うた子いま何処 日記の中ではまだ中学生 -

 あほまろは現在、『浅草は、朝が深い』という本の出版に向けて、昔の日記を一日ずつ掘り起こすような作業を続けております。
 昨日も、インターネットで日記を公開し始めた頃の古いページを、朝から読み返しておりました。二十数年前の日記というものは、なかなか油断ができませんね。
 読み始めると、
「へえ、こんなことがあったのか」と懐かしくなる一方で、 「よくもまあ、こんなことを偉そうに書いていたものだ」と、今のあほまろが昔のあほまろに呆れてしまうこともあります。
 若い頃の自分というのは他人より始末が悪いものです。他人なら「まあ、いろんな考え方がありますからね」で済ませられますが、自分自身ですから逃げ場がありません。

 しかもインターネットというものは恐ろしいですね。本人が忘れても、しっかり覚えております。
 人間の記憶は都合よく薄れてくれますが、デジタルの記録には「武士の情け」とうものがありません。そんな昔の日記をめくっていて、2002年4月17日の一文に目が止まりました。
 当時、あほまろは愛犬のモモちゃんと毎朝浅草を歩いておりました。
 その朝、福島から修学旅行で浅草へやって来た中学生の女の子たちと、たまたま言葉を交わしたのでした。
 すると、その中の一人が不意に、こんなことを尋ねてきたのです。
「お守りって、有効期限があるの?」これは困りましたね。
 子どもの質問というものは、ときどき大人が長年かけて築き上げてきた「分かったつもり」という城壁を、たった一言で崩してしまいます。

 「お守りとは何か」と聞かれれば、それらしい説明はできます。
 神仏の御加護を願って身につけるものですとか、願いを託すものですとか、いくらでも大人らしい答えは出てきます。
 ところが、
「いつまで効くの?」
 となると、途端に怪しくなってしまうのですよ。
 言われてみれば確かにそうです。食品なら「賞味期限」、薬なら「使用期限」、電池なら「使用推奨期限」などが記されていますが、お守りの袋の裏をひっくり返しても、「御利益は○月○日までです」などとは、どこにも印刷されておりません。
 まして、 「開封後はなるべく早めに御利益をお受けください」なんて注意書きもありません。
 そんなことが書いてあったら、ありがたいお守りも急にコンビニの商品みたいになってしまいますよね。

 とはいえ、一般には、お正月などに受けたお札やお守りは一年ほどを一つの区切りとして、感謝を込めて授かった寺社へお返しし、新しいものを受ける習慣があります。ただし、これは食品のように一年を過ぎた瞬間に御利益が「期限切れ」になる、という意味ではありません。
また、願意によって区切りを考えることもできます。

合格祈願なら、受験が終わるまで。
安産祈願なら、無事に赤ちゃんが生まれるまで。
旅行安全なら、元気に家へ帰るまで。
縁結びなら……これは少々困りますね。
 良縁に恵まれるまでなのか、結婚するまでなのか。それとも結婚してからこそ本当の御利益が必要になるのか。
 そこまで考え始めると、お守りより人生のほうが難しくなってしまいます。二十数年前のあほまろも、女の子から突然そんな質問をされて、きっと困ったのでしょう。

 そして、
「お願いがかなうまでが、お守りの有効期限なんじゃないのかな」
 そんなふうに答えたようでしたよ。
 今になって考えれば、ずいぶん都合のよい理屈です。けれど、不思議なことに、それほど間違った答えでもなかったような気がするのです。
 お守りというのは、単に「何年間効きます」という保証書ではありません。そこに託した願いや、神仏に手を合わせたときの気持ちを、自分の身近なところに置いておくものでもあるのでしょう。
 そう考えると、「有効期限」という言葉そのものが、お守りには似合わないのかもしれませんね。

 それにしても、あの日、
「お守りって、有効期限があるの?」
 と尋ねた福島の女の子は、今ごろどうしているのでしょう。2002年に中学生だったのですから、もう立派な大人です。 結婚したのでしょうか。子どもがいるのでしょうか。
 ひょっとしたら、その子どもが修学旅行で浅草を訪れるような年齢になっているかもしれませんよね。
 そして、もしかしたら家のどこか、昔の思い出を詰め込んだ箱や引き出しの奥に、あの日の浅草で手にしたお守りが残っているかもしれませんね。

 もちろん本人は、そんなことなどすっかり忘れているでしょう。浅草で犬を連れた、ちょっと変なおじさんと話したことなど、覚えているはずもありません。
 それでいいのです。旅先で偶然交わした、ほんの数分間の会話なのですから。
 けれど、あほまろの日記には残っております。
 モモちゃんがいたこと。福島から修学旅行の子どもたちがやって来たこと。
 そして、その中の一人の女の子が、
「お守りって、有効期限があるの?」
 と尋ねたこと。
 たったそれだけの出来事が、二十数年という時間を越えて、古い日記を開いた途端、昨日のことのように蘇ってきたのでした。

 考えてみれば、不思議なものですね。人間は、大切なことだから覚えているとは限りません。
 むしろ、本当に大切だったことほど、日々の暮らしの底へ静かに沈んでしまうことがあります。
 ところが、一枚の写真を見たり、一行の日記を読んだりすると、その沈んでいた時間が突然浮かび上がってくるのです。
「ああ、そうだった」
 その瞬間、文字だけではなく、その朝の空気まで戻ってきます。
境内の匂い。
人々の声。
モモちゃんの足音。
子どもたちの笑い声。
 そして、もう二度と戻ることのないはずの2002年4月17日の浅草が、ほんの一瞬だけ現在の浅草と重なるのです。

 もう会うことのできない人もいます。もう抱くことのできない犬もいます。
 姿を消した店もあれば、建て替えられてしまった建物もあります。
 浅草という町そのものも、二十数年の間にずいぶん変わりました。
 しかし、日記を開けば、みんな帰ってくるのです。
 若かったモモちゃんが歩き出します。
 修学旅行の子どもたちが笑っています。
 そして昔のあほまろまで、何も知らない顔をしてそこに立っております。 そう考えると、あの日の女の子が尋ねた「有効期限」という言葉が、二十数年後になって、まったく違う意味を持って胸に響いてくるのですよ。

 お守りには、ひとつの区切りがあるかもしれません。けれど、思い出には、有効期限がありません。
 忘れていたからといって、消えてしまったわけではないのです。古い日記の中で、ずっと静かに待っていたのでしょう。
 誰かがもう一度ページを開いてくれる、その日まで。
 そう思うと、日記というものは、案外お守りに似ているのかもしれませんね。
お守りは願いを包みます。
日記は時間を包みます。
 お守りを手にすると、そのとき願ったことを思い出すように、日記を開けば、その日に生きていた人や動物や町の姿が蘇ってきます。

 御利益があるのかどうかは分かりません。 けれど、失ってしまった時間をほんの少しだけ現在へ連れ戻してくれるのですから、日記というのも、なかなかありがたい「時のお守り」ではありませんか。

 そこで、こんな狂歌が浮かびました。

「お守りの 期限を問うた子いま何処 日記の中ではまだ中学生」(阿呆人也)

 人にも犬にも、町にも建物にも、いつか別れがやって来ます。しかし、その朝を記した一行には、まだモモちゃんがいて、修学旅行の子どもたちがいて、あほまろも若いままなのでした。

 今、あほまろは、そんな何でもない朝の出来事を古い日記の中から一つひとつ拾い集め、『浅草は、朝が深い』という一冊の本にまとめようとしております。
 歴史を動かした大事件ばかりではありません。むしろ、「そんなことまで本にするのか」と笑われそうな、小さな出来事ばかりです。
 けれど、二十数年間、毎朝同じ町を歩いてきたからこそ残せたものがあります。
 浅草の朝の光、人々の声、犬たちとの散歩、鳩たちとの出会い、季節の移ろい、そして旅人とのほんの短い会話。
 そんな一つひとつを拾い上げていくことが、あほまろにとっての『浅草は、朝が深い』なのでしょう。

 なんとか年内には完成させたいと思っております。そして本が出来上がったとき、それ自体が、二十数年間の浅草を閉じ込めた大きな「お守り」になってくれたら嬉しいですね。
 もっとも、本にも「有効期限」があるのかと聞かれたら――。
 今度こそ、あほまろは迷わず答えられますよ。

 

「読み継げば 思い出だけは期限なし あの日の浅草今日も朝なり」(阿呆人也)

 昨日の朝に感じられた秋の気配から一変し、今朝の外気温は24℃でしたが、急に湿度が増したようで、蒸し暑さを感じる散歩となりましたよ。

 今日は雲に覆われる時間が長く、日差しが届いてもわずかなようですね。それでも気温は上がり、最高気温は32℃の予想です。昼間は湿度も高く、ムシムシとした厳しい暑さになりそうです。
 暦の上では秋とはいえ、まだまだ残暑は居座るつもりのようですね。屋外で長時間活動される方は、こまめな水分補給と休憩を心がけ、熱中症にはくれぐれもご注意くださいね。

 今朝の日の出は午前5時13分。

。

 ハナカイドウの実。

 中村さんおはようございます。今朝も元気にいらっしゃいました。

 おはようございます。今朝は開門4分前に中村さんを追いかけてやって来た、野崎さんと高橋さん。

 西山さんが撮ってくれた昨日のあほまろ。実はこのタオル、帰りのどこかで落としてしまったようでした。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。

 深い緑に包まれたイロハモミジ。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。

 昨年から落ちることなく枝に残り続けている三枚の葉があります。新しく茂った深緑の葉にそっと覆われ、その存在に気づく人はほとんどおりませんが、あほまろは毎朝、その葉の姿を探してしまうのでございます。

 令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。以前とはまったく違う景色になりましたが、開放感あふれる新しい浅草寺の表情が広がっております。

 お店の取り壊し作業が終わった伝法院通りでは、これから石垣や塀の補修工事が始まるのです。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は86%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、ライスカレー。デザートはシャイマスカットともも。

 妻のコレクションは、朋子ちゃんとまひろちゃん。

 昨日の東京スカイツリー。

 しゅと犬くん。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、ライスカレー。デザートはブドウとモモ。

 妻のコレクションは、ヒッピーさんとピッピーちゃん。

Memo
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