令和8年(2026)9月1日(火)  旧暦7月20日 友引
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 673枚
- 秋来たと暦は言うがまだ残暑 二百十日だけは暦通りか -

 今日から九月、いよいよ秋の始まりですね。
 西日本から東海、北陸にかけては太平洋高気圧に覆われ、まだまだ厳しい残暑が続くようですが、ここ東京では、今朝の外気温は23℃でした。
 家を出た瞬間、肌に触れた空気が昨日までとはほんの少し違って感じられましたよ。
「おや、秋が来たかな。」
 そんなことを思わせてくれる、爽やかな朝でした。
 もちろん、暦が九月になったからといって、夏が「それでは失礼いたします」と素直に帰ってくれるわけではありません。日中は湿った空気の影響を受けて気温も30℃前後まで上がるようで、雲の多い、すっきりしない空模様が続くとのことです。
 つまり、暦の上では秋になりましたが、夏のほうはまだ居座るつもりなのでしょう。最近の夏は、なかなか往生際が悪いですからね。

 九月になっても30℃、場合によっては猛暑日。昔なら「残暑」と呼んでいたものが、近頃では残るどころか堂々と主役を続けているようで、「残暑」という言葉のほうが遠慮しているようにも思えてしまいますよ。
 夏と秋が空の上で、
「もう俺の出番だ」「いやいや、まだ帰らんぞ」と、場所取りでもしているのでしょうか。そんな九月一日の今日は、雑節のひとつ**「二百十日」**でもあります。
 二百十日とは、立春から数えて210日目にあたる頃のことです。
 昔からこの時期は台風や強風に見舞われやすいとされ、農家にとっては特に警戒すべき時期でした。

 ちょうど稲が実り始め、収穫を目前に控える大切な季節です。春から田を耕し、苗を植え、夏の日照りにも耐えてようやく頭を垂れ始めた稲が、一晩の暴風雨で倒されてしまえば、それまでの苦労が水の泡になってしまいます。
 そのため二百十日は、「風の厄日」として恐れられてきたのです。
 もっとも、台風が二百十日という暦を見ながら、 「今日は厄日だから日本へ行こう」などと相談しているわけではありませんけどね。
 それでも長い年月にわたって自然と向き合ってきた人々が、この時期の風を特別に警戒してきたことには、それなりの経験則があったのでしょう。

 そして、まるで昔の人々の警戒を裏付けるかのように、本日午前9時、日本の南で発達していた熱帯低気圧が**台風24号「クロヴァン」**になりました。
 しかも台風24号の発生としては、統計開始以来2番目に早い記録だそうです。今年は台風の発生そのものがかなり速いペースで、8月には10個もの台風が発生しました。ひと月に10個というのは1966年以来、実に60年ぶりとのことです。
 台風まで、ずいぶん働き者の年になったものですね。人間社会では「働き方改革」が叫ばれておりますが、台風にも少し休暇を取っていただきたいものですよ。

 台風24号は今後ゆっくり北上する予想ですが、現段階では進路予測の幅がかなり大きく、進路次第では風雨の影響が大きくなる可能性もあります。また、台風から離れた本州付近でも、秋雨前線へ湿った空気が流れ込むことで雨が強まる可能性が指摘されています。
 まさに「二百十日の風」を思わせる九月の始まりとなってしまいました。
 昔は空を見上げ、雲の形や風向き、鳥や虫の様子などから天候の変化を読み取っていたのでしょう。
 今では人工衛星が宇宙から雲を監視し、スーパーコンピューターが進路を計算し、スマートフォンを開けば数日先の予報まで見ることができます。
 それでも、自然が人間の予測どおりに動いてくれるとは限りません。科学がどれほど進歩しても、最後に必要なのは「自然を侮らない」という、昔から変わらない心構えなのかもしれませんね。

 そして今日、九月一日は**「防災の日」**でもあります。
 大正12年(1923)9月1日午前11時58分、関東大震災が発生しました。
 昼食の支度をする家庭が多かった時間帯であったことに加え、強風などの悪条件も重なって各地で大規模な火災が発生し、東京や横浜を中心に甚大な被害をもたらしました。
 その記憶と教訓を忘れず、災害への備えを見直す日として、今日では全国各地で防災訓練などが行われています。

 しかし、防災訓練というものは不思議なもので、何も起こらなければ「今年も何事もなかった」と忘れてしまいがちです。
 非常食を買って安心し、懐中電灯をしまった場所を忘れ、防災袋を押し入れの奥へ押し込み、その上に別の荷物を積んでしまう。 いざという時、
「防災袋はどこだ!」
 と、防災袋を探すところから避難訓練が始まってしまっては困りますよね。
 でも、人間というものは平穏な日々が続くほど、災害の怖さを忘れてしまう生き物なのでしょう。

 あほまろがこれまでの人生で経験した地震の中で、もっとも強烈に記憶へ焼き付いているのは、何と言っても平成23年(2011)3月11日の東日本大震災でしたよ。
 あの日の揺れは、今でも忘れることができません。
 秘密基地では、本棚が軒並み倒れ、カメラの防湿庫からは大切なカメラが飛び出し、テレビも倒れて画面が割れてしまいました。

 しかし、そんな惨状を目の前にしても、あほまろにはカメラやテレビのことなど考える余裕はありませんでした。ただ愛犬ナナちゃんを抱きかかえ、何ひとつ持たずに外へ飛び出したのでした。
 いざというとき、人間は思っているほど冷静には行動できないものなのですね。何を持ち出すべきか、何を守るべきか、そんなことを考える余裕さえなく、ただ身を守るために逃げることしかできませんでした。
 それでも、あの瞬間に迷わずナナちゃんを抱きかかえていたことを思うと、頭では何も考えられなくても、身体はちゃんと「いちばん大切なもの」を分かっていたのかもしれません。
 あの日ほど、人間という存在の小ささと、自然の力の途方もない大きさを思い知らされた日はありませんでした。
 そして、どれほど年月が過ぎても、あの揺れと恐怖は忘れることができません。あほまろは、あのような地震だけは、二度と経験したくありませんよ。

 誰だってそうでしょう。残念ながら地震に「もう来ないでください」とお願いして済むものでもありません。
 台風も地震も豪雨も、人間の都合など聞いてくれません。だからこそ、「来ないでほしい」と願うことと同時に、「いつ来てもおかしくない」と備えておくことが大切なのでしょう。
 防災の日とは、災害を怖がるための日ではなく、平穏な今日が決して当たり前ではないことを思い出す日なのかもしれません。
 二百十日の風が静かに通り過ぎ、台風24号が大きな被害をもたらすことなく去ってくれることを願っています。
 そして、百年以上前の関東大震災、そして十五年前の東日本大震災で失われた多くの命を思いながら、今日という何事もない一日を、大切に過ごしたいと思うあほまろなのでございます。

「秋来たと暦は言うがまだ残暑 二百十日だけは暦通りか」(阿呆人也)

 狂歌の字余りまで、今年の夏のように少々はみ出していると思えば、それもまた一興ですかね。

 今朝もいつものように浅草の朝がやって来ました。
 いつもの場所があり、いつもの景色があり、いつもの朝があります。何も起こらない一日というものは、ニュースにはなりません。 しかし本当は、それこそが何よりありがたい一日なのでしょうね。

 今朝の日の出は午前5時12分。

。

 ハナカイドウの実。

 おはよう益美さん。熊本でのご支援お疲れさまでした。

 中村さん、おはようございます。お元気になられて、無事に退院なさったのですね。何よりです。

 梶原さんも喜んでましたよ。

 おはようございます。今朝は開門3分半前にやって来た、野崎さんと高橋さん。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。

 深い緑に包まれたイロハモミジ。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。

 昨年から落ちることなく枝に残り続けている三枚の葉があります。新しく茂った深緑の葉にそっと覆われ、その存在に気づく人はほとんどおりませんが、あほまろは毎朝、その葉の姿を探してしまうのでございます。

 令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。以前とはまったく違う景色になりましたが、開放感あふれる新しい浅草寺の表情が広がっております。

 お店の取り壊し作業が終わった伝法院通りでは、これから石垣や塀の補修工事が始まるのです。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は92%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、野菜ポタージュにクロワッサン。デザートはシャイマスカット。

 妻のコレクションは、ペコちゃんとウメちゃん。

 昨日の東京スカイツリー。

 しゅと犬くん。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、久しぶりに近所の寿司屋さんから出前一丁。

 妻のコレクションは、シンディーさんとグレースさん。

Memo
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