夜と朝の境目、雷門にて。
今朝の外気温は25℃。空はどんよりと厚い雲に覆われ、今にも雨粒が落ちてきそうな空模様でした。家を出る前に空を見上げて、「これは途中で降られるかもしれないな」と、念のため折り畳み傘を持って出かけました。しかし結局、散歩を終えるまで傘の出番はありませんでしたよ。
傘というものは不思議ですね。持って出ると降らず、持たずに出ると降る。天気の神さまも、こちらの荷物を見ながら決めているのではないかと思ってしまいます。
午前4時、いつものように雷門前に到着しました。日中なら世界中からやって来た観光客で身動きが取れないほど賑わう雷門ですが、この時間はまだ夜の名残を引きずっています。信号の赤や青が濡れたような路面に映り込み、大提灯の朱色と混ざり合って、なかなか幻想的な光景を見せておりました。
そんな静かな朝の入口に、今朝はずいぶん元気な若者たちがおりましたよ。どうやら夜通し飲んでいたのでしょう。ほろ酔いどころか、まだ宴会の続きのような陽気さで、雷門の真ん前でキャアキャアと盛り上がっておりました。
あほまろは毎朝、この雷門を記録しておりますので、
「すみません、ちょっと写真を撮りたいので、少しだけ避けてもらえますか」とお願いしました。
すると、避けてくれるどころか、
「だったら、私たちも一緒に撮ってよ!」
ということになってしまったのです。
まあ、これも午前4時の浅草でしょう。ポーズを決めた記念写真では面白くないので、騒いでいるそのままの雰囲気を何枚か撮ってあげました。すると、カメラのモニターを覗き込んで、
「キャー、すごい!」
「いいじゃん、ヤバイじゃん!」
と、今度は写真を肴に盛り上がり始めたのです。そして当然のように、
「これ、私のスマホにも送ってちょうだい」
と言われましたよ。
あほまろが、「カメラで撮ったのは、今すぐスマホには送れないんですよ」と答えると、返ってきた言葉が傑作でした。
「えーっ、旧式なカメラなんだ」……だってさ。
いやはや、参りました。あほまろが毎朝、大事に抱えて歩いているカメラも、スマートフォンに写真を即座に飛ばせなければ、若者から見れば「旧式」なのでしょうね。
昔は、写真を撮ったらフィルムを現像所へ持って行き、出来上がるまで何時間も待ったものです。旅行から帰ってきても、どんな写真が撮れているのか分からない。ピンぼけでも、目をつぶっていても、現像して初めて「あちゃー」と分かったのです。
それが今では、撮った瞬間に確認して、その数秒後には世界中へ送れる時代です。
写真は「出来上がるのを待つもの」から、「撮った瞬間に共有するもの」へ変わってしまったのですね。便利になったのは結構ですが、写真までせっかちな世の中になったものですね。
あほまろなどは、撮った写真を家に持ち帰り、大きな画面で眺めながら、「これは残そう」「これは駄目だ」と選ぶ時間まで含めて写真だと思っているのですが、若い人たちにしてみれば、そんな悠長なことをしている間に朝になってしまうのでしょう。
まあ、実際もう朝なのですけどね。
それにしても、最新のスマートフォンを手にした若者から「旧式なカメラ」と言われるとは、長く写真を撮っていると面白いことに出会うものです。
でも、旧式には旧式の意地があります。
今朝の雷門、大提灯、信号の灯り、夜明け前の街、そして楽しそうに騒ぐ若者たち。その一瞬を一枚の写真として残すことができれば、それで十分なのですよ。
若者たちが何十年か経ってこの写真を見たら、
「私たち、こんな時間まで浅草で騒いでいたのね」と笑うかもしれません。
その頃には、今日「旧式」と笑われたカメラも、立派な「昔のカメラ」になっているのですから。
「旧式と 笑ったカメラに写されて 若さもいつか古写真かな」(阿呆人也)
若いうちは、自分だけは古くならないと思っているものです。でも、写真というものは残酷であり、同時に優しいものでもあります。
今日の「今」を、そのまま「昔」にして残してくれるのですからね。
あほまろも昔は若者でした。それが今では、午前4時の雷門で若者たちから「旧式」と教えられる側になってしまいましたよ。
もっとも、若者たちが夜通し遊んで午前4時を迎えたのに対し、あほまろは午前4時から一日を始めるのです。同じ午前4時でも、向こうは「おやすみなさい」に近く、こちらは「おはようございます」。
雷門は、そんな夜と朝の人間がすれ違う場所でもあるのですよ。
予報によると、今日は秋雨前線が南下して停滞し、さらに前線上を低気圧や擾乱が東へ進む影響で、来週にかけて広い範囲で天気が崩れやすくなるようです。
最近は、いわゆるゲリラ豪雨と呼ばれる局地的な激しい雨も珍しくなくなりました。さっきまで晴れていたのに、突然空が真っ暗になって猛烈な雨――などということもありますから、空が明るいからといって油断はできません。
雷門前の若者たちにも、
「これから雨が降るかもしれませんから、そろそろ帰ったほうがいいですよ」
と言っておきましたよ。
もっとも、朝帰りの若者に早く帰れと言っても、すでに十分遅いのですけどね。
さて、明日はいよいよ「浅草サンバカーニバル」の開催日です。
今年は猛暑の中での開催になるのではないかと心配しておりました。実行委員のあほまろは、一日中雷門前にいなくてはいけませんので、炎天下に長時間立ち続けることを考えると、予報を見るたびに少々恐ろしくなっていたのです。
ところが、今度は雨の可能性が出てまいりましたよ。
人間とは勝手なものですね。
晴れると言われれば「暑すぎる」と文句を言い、雨と言われれば「降らないでくれ」とお願いする。
お天道さまにしてみれば、「それじゃ、いったいどうすればいいんだ」と呆れていることでしょう。
明日のサンバカーニバルも、多少の雨なら猛暑よりありがたいかもしれません。踊る方々にとっても、観覧する方々にとっても、灼熱のアスファルトよりは少し涼しいほうが身体への負担は少ないでしょう。
とはいえ、サンバに雨は似合っても、土砂降りでは困りますよね。
せっかくの華やかな衣装も羽根飾りも、滝のような雨では台無しですし、何より安全な運営が第一です。暑過ぎず、降り過ぎず、風も強過ぎず――できることなら一日中、ほどよい曇り空。そんな都合のよいお願いを、お天道さまに聞いていただきたいものですね。
雷門は今朝も、夜遊びを終えた若者を見送り、これから一日を始めるあほまろを迎えてくれました。
そして明日は、この静かな午前4時の光景からは想像もできないほど、大勢の人々とサンバのリズムに包まれることでしょう。
静かな雷門も浅草。賑やかな雷門も浅草。酔っ払った若者もいれば、午前4時からカメラをぶら下げて歩き回る年寄りもいる。
それらを何も言わず、大提灯は毎日同じ場所から見下ろしているのです。
最後に、明日のお天気を願ってもう一首。
「照るな降るな 勝手な願いサンバの日 曇ってくれればそれが満点」(阿呆人也)
お天道さま、明日ばかりは「ちょうど良い」という、日本人がいちばん好きな曖昧なところで、ひとつよろしくお願いいたします。
いつもの観音裏広場。昨日から、ここは浅草サンバカーニバルの山車を製作する作業場になっております。
今朝の日の出は午前5時09分。
日の出の15分ほど前、東の空にほんのわずかな時間だけ、淡い朝焼けが姿を見せてくれました。
日の出を過ぎると、西側の建物には朝日が差し込み、黄金色に輝き始めておりました。しかし、本堂前まではまだ朝の光が届かず、薄暗さが残っておりましたよ。
ハナカイドウの実。
おはようございます。今朝は開門3分半前にやって来た、野崎さんと高橋さん。
守護さんと梶原さんも加わって、おはようございます。
子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。
そろそろ、境内を賑わせていたセミの鳴き声も終わりに近づいてきましたね。夏の終わりを告げる、
まさに**「セミファイナル」**といったところでしょうか。
もうしばらくすると、あれほど騒がしかった蝉時雨も聞こえなくなり、浅草にも静かな秋の気配が忍び寄ってくるのでしょうね。
深い緑に包まれたイロハモミジ。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。
昨年から落ちることなく枝に残り続けている三枚の葉があります。新しく茂った深緑の葉にそっと覆われ、その存在に気づく人はほとんどおりませんが、あほまろは毎朝、その葉の姿を探してしまうのでございます。
令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。以前とはまったく違う景色になりましたが、開放感あふれる新しい浅草寺の表情が広がっております。
お店の取り壊し作業が終わった伝法院通りでは、これから石垣や塀の補修工事が始まるのです。
あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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夕べの睡眠は81%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、冷やし中華。デザートはSuica。
妻のコレクションは、ゆきちゃんとレアちゃん。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、肉とタケノコの煮物にハムを乗せたクルミパン。デザートは西瓜。
妻のコレクションは、さつきさんと早苗さん。
MemoiPhone 17 ProMAX