おはよう、ビクトリー君。
今朝は、まだ薄暗い日の出前にやって来ましたよ。
一般にハトは、日の出とともに目を覚まし、明るくなるにつれて活動を始める昼行性の鳥とされています。それなのに、浅草寺境内のハトたちは、まだ日の出前の薄暗いうちから活動を始めているのです。
もしかすると、彼らの体内時計は日の出の時刻ではなく、毎朝決まった時間にやって来る「あほまろ時計」に合わせて設定されているのかもしれませんね。特にビクトリー君などは、「そろそろ、あほまろが来る時間だぞ」と、日の出より先に目を覚ましているようにも思えてしまうのですよ。
朝の目覚めといえば、昔からお馴染みなのが「鳩時計」ですね。
あほまろが学生時代に暮らしていた下宿の部屋にも、鳩時計が備え付けられておりました。ところが当時のあほまろは、今のような超早起き人間ではなく、むしろ立派な寝坊助。毎朝決まった時刻になると、時計の小窓から鳥が顔を出して鳴くのですが、その声がうるさくてたまりませんでしたよ。
そこで、目を覚ますための時計なのに、目覚まし機能を止めてしまったのですよ。
今では午前四時前から歩き回っているのですから、人間、長く生きているとずいぶん変わるものですね。昔のあほまろが今のあほまろを見たら、「そんな時間に起きて、いったい何をしているんだ」と呆れることでしょう。
ところで、余談ですが、日本で「鳩時計」と呼ばれている時計のルーツは、ドイツ南西部のシュヴァルツヴァルト地方で発達した「カッコウ時計(Cuckoo Clock)」です。つまり、本来あの小窓から顔を出す鳥は、ハトではなくカッコウなのです。
それが日本では「鳩時計」という親しみやすい名前で広まりました。「カッコウ」では「閑古鳥が鳴く」という、商売が寂れて人の寄りつかない様子を表す言葉を連想させ、縁起がよろしくないため、平和の象徴として親しまれている「ハト」に置き換えられた、という説も伝えられております。
そう考えると、今朝のビクトリー君は、まるで浅草寺の「生きた鳩時計」ですね。
ただし時計と違って、こちらは毎朝きっちり同じ時刻に現れるとは限りません。早く来たり、遅く来たり、ときには姿を見せなかったり。それでも、日の出前の薄暗い境内でビクトリー君の姿を見つけると、「今日も一日が始まったな」と感じるのです。
「鳩時計 昔は止めて寝てたのに 今じゃ鳩より先に寺へと」(阿呆人也)
ちょっと遅れてハート君も出て来ましたよ。
おはようハート君。君の体内時計も日の出前に設定されているのかな。
昔は鳩時計の声がうるさくて止めてしまったあほまろですが、今では本物のハトがやって来るのを楽しみに、毎朝早起きをしております。
人生とは、まったく不思議なものですね。
本堂の屋根の上には、大勢のハトたちも起きてきましたよ。
でも、あほまろに挨拶に来てくれるのは、ビクトリー君とハート君ファミリーだけなのです。
今朝もビクトリー君とハートちゃんと、いっぱい遊んでもらいましたよ。楽しい朝の様子は、言葉であれこれ説明するよりも、写真をご覧いただくのがいちばんですね。
ということで、ここからは写真だけで、今朝のひとときをお楽しみください。