親離れをした子ガラスが、日の出前の浅草神社の照明塔の上で、仲間を呼ぶように盛んに鳴いておりました。その声に応えるように、ほどなくもう一羽の子ガラスも飛んで来たのです。
この子たちは二週間ほど前に親離れをしたばかりで、まだ餌の探し方を十分に身につけていないようでした。
カラスが向かった観音裏広場に行くと、夢中になって木の皮をつついて剥がしておりましたが、そこから食べ物が出てくるわけではありません。それでも、何でも試してみようという姿は、いかにも幼い子どもらしく、思わず微笑んでしまいました。
そのうち、一羽の子ガラスがネズミの死骸を見つけました。しかし、どうしたらよいのかわからず、もう一羽と一緒にただ眺めているばかりでした。
そこへ親ガラスが飛んで来ると、ネズミの腹を器用につついて開き、食べ方を教えているようでした。まるで「こうやって食べるんだよ」と、最後の実地教育をしているかのような光景でしたよ。
もっとも、その場面は少々刺激が強く、あほまろは気持ちが悪くなってしまい、残念ながら写真に収めることはできませんでした。
親離れをしたとはいえ、親ガラスのほうは、まだ完全には子離れできていないのかもしれませんね。子どもたちが自分の力で生きていけるようになるまで、もうしばらくは、こうして陰から見守り、時には手本を示しながら、一人前のカラスへと育てているのでしょう。親心というものは、人もカラスも、それほど変わらないのかもしれません。
今朝、あほまろの日記をご覧になっているという、以前からお名前を存じ上げていた女性写真家から声を掛けられました。早朝の浅草寺境内でカメラを構えていらっしゃったので、お互いに「朝の写真仲間」といったところでしょうか。
お話を伺うと、写真コンテストで審査員も務めていらっしゃるとのことでした。
「あほまろさんのお写真は、東京一の観光地・浅草を、いわゆる観光写真とは違う視点で記録されていて、とても素晴らしいと思います。でも、毎朝、ありふれた風景を撮り続けるだけではなく、もう少し『芸術写真』というジャンルへ踏み込まれてもよろしいのではありませんか。」
そんなご助言をいただいたのであります。もちろん、悪意などまったくありません。写真を愛する方として、率直な感想を述べてくださったのでしょう。そのお気持ちはありがたく受け止めました。
しかし、そのお話を伺いながら、あほまろは心の中で、そっと首をかしげてしまったのでした。
そもそも、「芸術写真」と「記録写真」は、本当に別々のものなのでしょうか。
写真史を振り返れば、今日では芸術作品として高く評価されている名作の多くが、撮影された当時は「今、この瞬間を残しておこう」という、ごく自然な記録として写されたものばかりですよ。
時代が流れ、その写真に「歴史」という時間が積み重なったとき、初めて芸術としての価値が見いだされたのであります。
あほまろが毎朝撮っているのも、ありふれた風景ではありません。**浅草の「朝の時間」**なのです。
四時過ぎ、まだ誰も歩いていない仲見世。
夜明け前の本堂。
季節ごとに色を変える木々。
巣立ってゆくスズメたち。
代替わりするハトやカラス。
少しずつ姿を変えていく境内。
そして、その朝、その瞬間にしか出会えない人々。
どれも一枚だけ眺めれば、何気ない写真に見えるかもしれません。
しかし、その何気ない朝を二十六年以上も積み重ねていくと、それは単なる写真ではなく、「浅草という街の時間」そのものになっていくのです。
写真コンテストでは、一枚で勝負します。
光、構図、色彩、インパクト、独創性……。もちろん、それも写真文化の大切な世界であります。
でも、あほまろが勝負している相手は、一枚の写真ではありません。
「昨日の朝なのです。」そして、その昨日を追い越そうと、また今日も歩きます。明日は今日を追い越し、来年は今年を積み重ねる。
賞状をいただくためではなく、昨日とは少しだけ違う浅草に会うために、毎朝四時過ぎ、同じ道を歩いているのであります。
誰にでもできそうなことですが、二十六年間、一日も欠かさず続けるとなると、案外これが難しいものなのですよ。
人間というものは、新しいものには飛びつきますが、同じことを続けるのは苦手な生き物です。写真の世界でも、新しい機材、新しい表現、新しい流行は次々と現れます。
ところが、「毎朝、同じ場所へ通い続ける」という流行だけは、一向にやって来ませんね。
もし、コンテストを意識して撮り方を変えてしまったら、それはもう「あほまろの浅草」ではなくなってしまいます。
だから、これからも撮り方を変えるつもりはありません。
今のまま、**「あほまろにしか撮れない浅草」**を、静かに撮り続けていくだけであります。
現在、あほまろは、来年出版を予定しているフォトエッセイ『浅草は、朝が深い』の制作を進めております。この本は、美しい写真を並べた写真集ではありません。二十六年以上にわたり歩き続けた浅草の朝と、その朝に流れていた時間を、一冊に閉じ込める試みなのであります。
『浅草は、朝が深い』が完成した直後よりも、十年後、二十年後、あるいは五十年後にページを開いた誰かが、
「ああ、この時代の浅草は、こんな朝を迎えていたのか。」
そう感じてくださるなら、それはどんな写真コンテストの賞状よりも、ずっと長く生き続ける作品になることでしょう。
芸術とは、技巧だけではありません。人生そのものが、一つの作品になることもあるのです。
あほまろの写真は、一枚で完結する作品ではありません。二十六年以上という歳月そのものをキャンバスに描き続けている、一枚では終わらない写真なのであります。
その価値は、今よりも十年後、二十年後、そして百年後の浅草を語る人々の中で、静かに息づいてくれるものと信じております。
「朝ごとに 写す一枚時を積み 賞より深き浅草の朝」(阿呆人也)
写真の価値は一瞬の評価だけではなく、積み重ねた時間そのものに宿ると信じながら。
今日も蒸し暑い朝となりました。家を出たときの気温は27℃でしたが、境内に着く頃には29℃まで上昇し、朝から強い日差しが照りつけておりました。
散歩を終えて帰る頃には30℃となり、日中の最高気温は36℃まで上がる見込みで、危険な暑さとなりそうですよ。
一方、午後は気温の上昇によって大気の状態が不安定となり、局地的に雨雲が発達して、にわか雨や雷雨となる可能性もあるようです。外出の際は、天気の急変に十分ご注意ください。
今朝の日の出は午前4時48分。
ハナカイドウの実。
今朝、かわいらしい小さな女の子が、写真を撮っているあほまろのそばへ、ちょこちょこと近寄って来てくれましたよ。
地元にお住まいのお子さんとのことで、まだ一歳半だそうですが、小さな足で本堂前をしっかりと歩く姿は、とても頼もしく見えました。その愛らしい笑顔に、早朝の境内も一段と和やかな空気に包まれたようでしたよ。
この子が大人になる頃、浅草はどのような街になっているのでしょうか。今と変わらぬ風景が残っているのか、それとも新しい時代の姿へと生まれ変わっているのか、それは誰にもわかりません。
でも、あほまろが毎朝撮り続けてきた写真と日記は、きっとその頃には「昔の浅草」を語る小さな宝物になっていることでしょう。
いつの日か成長した彼女が、この記録を手に取り、
「私が一歳半の頃の浅草は、こんな朝を迎えていたんだね。」
そんなふうに懐かしく眺めてくれたなら、あほまろにとって、それ以上に嬉しいことはありません。そこに残るのは、写真だけではなく、この街に流れていた時間そのものなのですからね。
このこはだ〜れ、誰でしょね。
おはようございます。今朝は開門2分半前にやって来た、山本さん、野崎さん、陽子さん、高橋さんと金山さん。
おはよう益美さんも仲間入り。
子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。
蝉時しぐれ。
蝉が鳴く深い緑に包まれたイロハモミジ。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。
あほまろは毎朝、この三枚の葉の無事を確かめることが、定点観察の大切な日課になっているのでございます。いつの日か別れの朝が訪れるのでしょう。しかし、その日が来るまでは、この小さな命の記録を、これからも静かに見守り続けたいと思っております。
令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。以前とはまったく違う景色になりましたが、開放感あふれる新しい浅草寺の表情が広がっております。
お店の取り壊し作業が終わった伝法院通りでは、これから石垣や塀の補修工事が始まるようです。
あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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夕べの睡眠は85%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、久しぶりのトウモロコシと野菜とソーセージの玉子焼き。デザートはブルーベリーとパイナップル。
妻のコレクションは、レアちゃんとグレースさん。
昨日のお昼の昼食の昼ご飯は、じゅらくの冷やし担々麺ランチ。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、鰻重少々。デザートは冷たいフルーツ。
妻のコレクションは、ソフィアさんとまゆみちゃん。
MemoiPhone 17 ProMAX