令和8年(2026)7月23日(木)  旧暦6月10日 先負
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 637枚
- 店消えて 石垣語る町の歳 消えた景色も道に生きけり -

 浅草・伝法院通りでは、お店の取り壊し作業がすべて終わり、これからは石垣や塀の補修工事へと移っていく準備が進められているようです。毎朝この道を歩き続けているあほまろにとって、長年見慣れた風景が、またひとつ歴史の幕を下ろした瞬間でもありました。

 かつての伝法院通り商栄会には、衣料品や小物雑貨などを扱う三十二店舗が軒を連ね、昭和の香りを色濃く残す商店街として、多くの観光客や映画・テレビ関係者にも親しまれてまいりました。古びた木造の店先や、少し色褪せた看板さえも、この町では立派な「浅草らしさ」の一部であり、華やかな仲見世とはまた違う、人情味あふれる裏浅草の風景をつくり出していたのであります。

 しかし、その風景には長年抱え続けてきた事情もありました。もともとこの場所は区道であり、本来なら建物を建てることのできない道路の上に店舗が並んでいたのです。昭和五十二年(一九七七年)、浅草公会堂の完成と周辺整備に合わせて商店街として整備され、多くの人々に愛されながら歩み続けてきましたが、平成三十年(2018年)、道路占用が法的に認められない状態であることが改めて問題となり、長い話し合いが続けられてまいりました。
 そして、およそ四十年にわたり続いてきた「特別な風景」は、ついに幕を閉じることとなったのであります。

 法律だけを見れば、「当然のこと」と一言で片づけられる話なのかもしれません。しかし、歴史というものは法律だけでは語れません。そこには毎日店を開けた人がおり、買い物袋を提げて歩いた人がおり、修学旅行生が笑い、外国から来た観光客が写真を撮り、数え切れないほどの映画やドラマの主人公たちが、この通りを歩いてきたのであります。
 街は、人が暮らした時間の積み重ねによって風景になるものなのですね。

 工事は予定どおり六月二十日に始まり、七月初めには店舗の撤去作業がすべて終了いたしました。姿を現したのは、これまで建物の陰に隠れていた伝法院の石垣であります。何十年もの間、風雨に耐え続けてきた石垣は、まるで「やっと私の番が来ましたよ」とでも言いたげな表情を見せているようでした。
 その石垣を眺めていると、さらに時代はさかのぼります。

 終戦直後、この付近にはバラック建ての露天商が軒を連ね、人々は焼け野原から生活を立て直そうと必死に働いておりました。食べること、生きること、そのすべてが商いと結びついていた時代です。その後、高度経済成長を迎え、商店街が整備され、観光地・浅草として再び賑わいを取り戻していきました。

 つまり、この場所は一枚の写真では語れないのです。
 露天商の時代があり、昭和レトロの商店街があり、そして令和には広い区道へと姿を変えていく――。そのすべてが、この場所の歴史なのであります。

 工事が終われば、これまで約九メートルだった道路幅は、およそ十一メートルへと広がるそうです。地元で暮らす人々にとっては歩きやすく、安全で開放感のある通りとなることでしょう。もちろん、それは歓迎すべき変化でもあります。

 しかし、人間とは少々勝手な生き物でございますね。 昨日まで「ちょっと狭いな」と思って歩いていた道が、いざ広くなると、「あの店があった頃の方が良かったなぁ」と懐かしんでしまうのであります。

 まるで、髪の毛がたくさんあった頃には気にも留めなかったのに、少なくなって初めてそのありがたさに気づくようなものです。失って初めて分かる価値というものは、町並みにも、人にも、案外たくさんあるのでしょうね。

 伝法院通りは、これまで数え切れないほどの映画やドラマのロケ地にもなってまいりました。映像の中では、今もなお昭和の空気をまとった伝法院通りが、人々を迎え続けています。だからこそ、あほまろは時折、昔の作品を見返してしまうのです。
「ああ、この角にはあの店があった。」
「ここを役者さんが歩いていた。」
 そんな記憶が、一枚一枚の写真と重なり合い、胸の奥で静かに蘇ってくるのであります。

 風景は消えても、記憶までは消えません。 そして、その記憶を未来へ手渡すことこそ、毎朝カメラを持って歩き続けている、あほまろの役目なのだと思っております。

 失われていく風景を惜しむだけではなく、新しく生まれる風景にも静かにレンズを向けること。それが二十数年にわたり浅草を記録してきた者の、小さな責任なのかもしれません。

 何十年か後、この道を歩く人々は、きっと今日の景色を「昔ながらの伝法院通り」と呼ぶのでしょう。歴史とは、決して古いものだけを指す言葉ではありません。今日という一日もまた、未来から振り返れば、かけがえのない歴史の一頁となるのですから。

「店消えて 石垣語る町の歳 消えた景色も道に生きけり」(阿呆人也)

 今日から二十四節気の「大暑(たいしょ)」です。暦どおり、一年で最も暑さの厳しい時期を迎えましたね。 連日の熱帯夜で寝苦しく、夜中にエアコンの設定温度を下げると今度は冷えすぎてしまうため、何度も温度を調整する羽目になってしまいました。そのおかげで、あほまろもヒロちゃんも少々寝不足気味の朝を迎えてしまいましたよ。
 早朝にもかかわらず外気温はすでに28℃から30℃まで上昇しており、散歩から戻る頃には汗だくになってしまいました。
 今日も強い日差しが照りつけ、日中の最高気温は37℃前後と、体温を上回る危険な暑さになる予報です。朝早い時間から日没後まで暑さが続きますので、室内では適切にエアコンを使用し、屋外での作業や運動はできるだけ控えるよう心がけてください。
 なお、夕方以降は急な雨や雷雨の可能性もあるようです。お出かけの際は、日差しを避ける日傘としても使える晴雨兼用の傘をお持ちになると安心でしょう。

。

 今朝の日の出は午前4時42分。

 ハナカイドウの実。

 おはよう益美さん。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。

 大暑を迎え、セミの大合唱に包まれた浅草寺境内をご覧ください。

 イロハモミジも深い緑に包まれ、境内には本格的な夏を感じさせますね。

定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。

 このソメイヨシノには、昨年から一度も落ちることなく枝に残り続けている三枚の葉があるのです。今では新しく茂った深緑の葉にそっと覆われ、その存在に気づく人はほとんどおりません。

 令和の大改修を終えた西広場は、何も遮るもののない開放的な空間へと生まれ変わりました。現在は数基のベンチが設置され、参拝客や観光客が思い思いに腰を下ろし、五重塔や境内を眺めながらひとときを過ごしております。

 ところが、このベンチも今日は影向堂側の歩道へ移設されるようです。ベンチがなくなれば、西広場はさらに広々とした印象になるのでしょうが、なぜそのような配置変更が行われるのか、その意図はあほまろにはよく分かりません。

 何か大きな計画でもあるのでしょうか。それとも、「広い広場は、もっと広く見せたい」という発想なのか…。あほまろには、どうもその真意が理解できないのでありました。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は77%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、野菜とソーセージとゆで卵にバターパン。デザートはブルーベリー。

 妻のコレクションは、千草ちゃんとラウルちゃん。

 昨日の東京スカイツリー。

 しゅと犬くん。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、ステーキと久しぶりのトウモロコシ。デザートはヤクルト。

 妻のコレクションは、戦艦大和の本を読んだ、ユキちゃんとレンちゃん。

Memo
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