毎朝、あほまろにとって、散歩の途中で足を踏み入れる観音裏広場は、特別な場所でございます。仲見世や本堂前のように観光客で賑わう場所とは少し趣を異にし、ここには草木が風に揺れる音や、小鳥やカラスの鳴き声が静かに響いております。そんな穏やかな空気に包まれていると、それまで慌ただしく流れていた時間が、ふっとほどけていくような気がするのです。
毎朝、「今日はどんな日記を書こうか」と考えながら、この広場をゆっくり歩くのが、あほまろの日課なのであります。
ここは、ただ写真を撮るための場所ではありません。心を整え、今日という一日の物語を探し出すための、あほまろにとって、かけがえのない場所なのですよ。
今朝も、本堂前から銭塚不動尊を撮影し、九月の開幕に向けて着々と準備が進められている平成中村座の設営現場を眺めながら、まだ誰もいない観音裏広場を歩いておりました。
すると、目の前から「ガァ、ガァ」という賑やかな鳴き声が聞こえてきたのです。望遠レンズでそっと覗いてみると、一羽の親ガラスが、青虫のような幼虫をくちばしにくわえ、それを口を大きく開けて待つ子ガラスへ、優しく与えておりました。
その様子を見ていると、もう一羽の子ガラスも「僕にも、私にも」と言わんばかりに鳴き始めます。親ガラスは慌てることなく芝生へ舞い降り、再び虫を探し始めたのでありました。
二羽の子ガラスは、もう親鳥とほとんど変わらない大きさまで成長しております。それでも、まだ自分で十分に餌を採ることはできず、親の後を追いながら甘えた声で餌をねだっているのでした。
カラスの子育ては、私たちが思っている以上に丁寧でございます。
春から初夏にかけて繁殖し、雛は六月から七月頃に巣立ちを迎えます。しかし、それで親子の縁が終わるわけではありません。巣立ったあとも数か月間は親鳥と行動を共にし、餌の探し方や危険の避け方、人間との適度な距離の取り方まで、一つひとつ教わりながら成長していくのです。
人間でいえば、学校を卒業したからといって、すぐ一人前にはなれないのと同じなのでしょうね。
親は子どもが自分で生きていけるようになるまで寄り添い、子は安心しきった表情で甘え続ける。その姿には、人も鳥も変わらない親子の情が感じられましたよ。
今朝の日の出は午前4時37分。
下の写真は、ちょうど観音裏広場でカラスの親子に出会う日の出10分前のことでした。夜明け前まで青みを帯びていた東の空が、一瞬だけ燃え上がるような紅色に染まったのを、本堂前でウメちゃんママと一緒に見上げておりましたよ。その鮮やかな朝焼けは、まるで空が深呼吸をしたかのような美しさでしたよ。
あほまろは慌ててカメラを構え、夢中でシャッターを切りました。しかし、この美しい光景は、わずか数十秒ほどで静かに色を失い、空は何事もなかったかのように、いつもの朝の表情へ戻ってしまったのでありました。
朝焼けとは、本当に気まぐれな芸術家ですね。少しでも油断をしていると、その最高傑作を誰にも見せることなく幕を閉じてしまうのです。
だからこそ、毎朝歩き続ける者だけに与えられる、ご褒美のようにも思えるのでありました。たった数十秒の奇跡でしたが、その美しさは今日という一日の始まりを、静かに祝福してくれているようでしたよ。
さて、もう一つのご褒美、カラスの親子に戻しましょう。
人間の子どもは二十歳を過ぎても親に甘えますが、カラスは秋になればきちんと親離れをするようです。そのあたりは、もしかするとカラスの方が少しだけ立派なのかも知れませんね。もちろん、人間には「親孝行」という仕事が残されておりますから、一概には比べられませんけどね。
今朝の親子は、いつも浅草神社で見かけるカラスではなく、影向堂の庭や観音裏広場を縄張りにしている親子のようでした。
その微笑ましい姿を眺めているうちに、あほまろは昨年の夏、突然姿を見せなくなってしまった「キョエちゃん親子」のことを思い出してしまいましたよ。
毎朝のように顔を合わせ、時には近くまで飛んできて、まるで挨拶を交わしているような存在だったキョエちゃん。ある日を境に姿を見せなくなり、どこへ旅立ったのか、今も分かりません。
自然の世界では、別れに「さようなら」はありません。ある朝、ふっと姿を消し、それが最後になることもあります。
だからこそ、今朝こうして目の前で繰り広げられた親子の営みは、何気ない日常でありながら、とても尊く感じられたのでございます。
「親がらす 虫をくわえて子に渡し 去る日を思えば胸に鳴く夏」(阿呆人也)
毎朝歩き続けていると、派手な出来事ばかりではありません。しかし、草花が季節を知らせ、小鳥や鳩やカラスが命をつなぐ姿を見せてくれる。その小さな積み重ねが、あほまろの日記を支え、人生そのものを豊かにしてくれているように思えるのであります。
「親がらす 虫をくわえて子に渡し 去る日を思えば胸に鳴く夏」(阿呆人也)
今日はお盆の最終日です。
かつて「藪入り(やぶいり)」と呼ばれる風習がありました。住み込みで奉公していた丁稚や女中などの奉公人が、主家から休暇をもらい、ようやく実家へ帰ることのできる特別な日でした。休みは一年に盆と正月のわずか二日だけ。今ではとても考えられませんが、この風習は戦前まで続いていたと伝えられております。
そして今夜は、ご先祖様の精霊をあの世へお送りする「盆送り火」が行われます。地域によっては、送り火の代わりに灯籠を川や海へ流す「灯籠流し」や「精霊流し」の風習も受け継がれております。祭壇に供えた供物を精霊船に乗せて送り出す地域もあり、それぞれの土地ならではの形で、ご先祖様への感謝と別れの思いを表しているのです。
また、東北や北海道では、月遅れのお盆である8月16日や旧暦7月16日に送り火が行われる地域も少なくありません。京都の夏の風物詩として知られる「五山送り火」も、毎年8月16日に行われ、大文字山をはじめとする五つの山に火が灯され、古都の夜空を幻想的に彩ります。
あほまろは今年も故郷のお墓参りに帰ることはできませんでしたが、その代わりに浅草寺の位牌堂で、ご先祖様のご冥福と感謝の気持ちを込めて手を合わせ、お盆を締めくくることができました。距離は離れていても、故人を偲ぶ心に遠近はありませんからね。
さて、今朝の外気温は26℃。相変わらず蒸し暑い朝が続いております。
日中は日差しが戻り、最高気温は34℃前後まで上がる予報ですが、関東地方では午後から天気が急変するおそれがあるようです。
特に明日にかけては、関東甲信地方を中心に、激しい雷雨や降雹(ひょう)、突風などの激しい気象現象が予想されています。晴れていても油断は禁物です。外出の際は、折りたたみ傘を一本携帯しておくと安心でしょう。
また、土曜日からの三連休も、強い日差しによる気温の上昇に加え、暖かく湿った空気の影響で大気の状態が不安定になりやすい見込みです。お出かけの際は、熱中症対策を十分に行うとともに、急な雨や雷にもお気を付けください。
夏空は青く澄んでいても、時には突然その表情を変えます。どうか皆さまも、安全第一で、穏やかなお盆の締めくくりと三連休をお過ごしください。
今朝の日の出は午前4時37分。
ハナカイドウの実。
おはようございます。今朝は開門5分前にやって来た、高橋さん。
おはよう益美さん。
益美さんはこれから、秩父の三峯神社参拝なので、分社にもお参りしてましたよ。
子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
旧奥山の奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。
イロハモミジも深い緑に包まれ、境内には本格的な夏の訪れを感じさせる風景が広がってまいりました。秋には鮮やかな紅葉で人々を魅了するモミジですが、この青々とした葉こそ、一年で最も生命力に満ちあふれた姿なのかもしれません。暑い夏を乗り越えた先に、美しい紅葉の季節が待っているのですね。
春のやわらかな若葉色も美しいものでしたが、今は力強く葉を広げ、「次の季節は私が主役」とでも言いたげな風情でございました。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。
このソメイヨシノには、昨年から一度も落ちることなく枝に残り続けている四枚の葉があるのです。今では新しく茂った深緑の葉にそっと覆われ、その存在に気づく人はほとんどおりません。
それでも、あほまろは毎朝、その葉の姿を探してしまうのでございます。まるで一年という歳月の流れを静かに見届ける証人のように、枝へしっかりとしがみつき、新しく芽吹いた葉たちを優しく見守っているようにも思えるのです。
見慣れた木々や植え込みが姿を消し、西広場は驚くほど広々とした空間になりました。少し寂しさもありますが、これもまた時代とともに歩む浅草の新しい風景なのでしょうね。
伝法院通りでは、お店の取り壊し作業がすべて終わり、今朝は石垣や塀の補修工事が始まる準備が進められておりました。
あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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夕べの睡眠は90%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、久しぶりのトウモロコシと野菜とゆで卵にハムサンド。デザートはブルーベリー。
妻のコレクションは、さくらさんとレアちゃん。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、久しぶりのトウモロコシとバターパン。デザートは西瓜。
妻のコレクションは、ユキちゃんと千草ちゃん。
MemoiPhone 17 ProMAX