令和8年(2026)7月15日(水)  旧暦6月2日 先勝
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 700枚
- 熱帯夜の朝に、ご先祖さまを想う -

 夕べは熱帯夜となり、寝苦しい一夜でしたね。夜になっても気温が下がらず、窓を開けても生ぬるい風が入ってくるばかり。昔の東京の夏は、夜明け前には少しは涼しさを感じられたものですが、近頃は朝になっても暑さが居座り続けています。どうやら夏将軍も、すっかり居心地が良くなってしまったようですね。人間は「もう勘弁してください」と願っているのに、暑さだけは空気を読んでくれないのであります。

 今朝の外気温は26℃。まだ日の出から間もないというのに、境内には蒸し暑い空気が漂い、陽が昇るにつれて容赦ない夏の日差しが降り注いでまいりました。日中の最高気温は昨日と同じく35℃近くまで上がる予想とのこと。今年は「猛暑」という言葉さえ聞き飽きてしまいましたが、身体は決して慣れてくれません。喉が渇く前に水を飲み、適度に休憩を取りながら、この長い夏と上手に付き合っていかなければなりませんね。皆さまも、どうか熱中症には十分お気をつけください。

 そんな暑い日が続く中ですが、昨日は盂蘭盆会(うらぼんえ)でしたので、娘と一緒に浅草寺へお盆のお参りをしてまいりました。

 盂蘭盆会は、ご先祖さまや亡き人々の霊をお迎えし、感謝と供養の心を捧げる日本の大切な仏教行事です。その由来は、お釈迦さまの弟子・目連尊者(もくれんそんじゃ)が、亡き母を救うために供養を行ったという『盂蘭盆経』の故事にあると伝えられています。亡き人を偲ぶことは、過去を振り返るだけではありません。今ここに生かされている自分自身を見つめ直す時間でもあるのですね。
 浅草寺の位牌堂(霊牌殿)は、五重塔の基壇内部に設けられ、約一万基を超える永代供養位牌が静かに奉安されています。普段は一般公開されておりませんが、毎月十五日と春秋のお彼岸、お盆、そしてお釈迦さまの三聖日(涅槃会・仏生会・成道会)に限り、登録された遺族だけが参拝を許されます。

 外では世界中から訪れた観光客で賑わう境内も、ひとたび位牌堂へ足を踏み入れると、そこには別世界のような静寂が広がっています。賑やかな笑い声や外国語の会話も、厚い扉の向こうに遠ざかり、聞こえてくるのは蝉の声と、自分の足音だけ。浅草寺には「静」と「動」、二つの時間が共に流れていることを、あらためて感じさせられるのであります。
 位牌堂には、あほまろの家と、妻の実家、それぞれのご先祖さまの位牌が安置されています。そのため、参拝が許される日は、できる限り欠かさずお参りを続けているのです。
 年齢を重ねるにつれ、お墓や位牌に手を合わせるという行為は、「亡き人にお願いをする」ことではなく、「今日も無事に暮らしております」と近況を報告する時間へと変わってまいりました。ご先祖さまが命をつないでくださったからこそ、今こうして娘と並んで手を合わせることができる。その何気ないひとときこそが、何よりもありがたいことなのだと、しみじみ感じたのでありました。

 もちろん堂内は撮影禁止です。写真好きのあほまろにとっては、少々手持ち無沙汰にもなりますが、カメラを持たずに心の中へ風景を写し込む時間も悪くはありません。写真は光を記録しますが、祈りは心に刻まれます。こちらは何万画素のカメラでも写せない世界なのですよ。
 参拝を終えて外へ出ると、真夏の陽射しを浴びた五重塔が、青空を背に凛として立っておりました。堂内は撮影禁止でも、その広場では写真を撮ることができます。静かに祈りを終えたあとだからこそ、その姿がいっそう神々しく感じられました。
 写真は「今」を未来へ残すものですが、祈りは「過去」と「未来」を静かにつないでくれるもの。毎朝、浅草の風景を記録し続けているあほまろにとって、その両方とも、かけがえのない宝物なのであります。

「手を合わせ 先祖を偲べば夏の風 暑さ忘れて心に涼し」(阿呆人也)

 昨日届いた、夏らしいアイスキャンディーとアイスコーヒーの切手を貼った郵便物。こんな粋な組み合わせを目にすると、送り主が暑中見舞いの気持ちも込めて選んでくださったのではないかと、そんな温かな気持ちになってしまいますね。
 メールやSNSが当たり前の時代だからこそ、一枚の切手にも送り手の心遣いが感じられるものです。たとえ小さな切手であっても、その季節にふさわしい絵柄を選ぶ心配りは、受け取る人の心をそっと和ませてくれるのでした。

「安物買いの……」から始まった、寝室オーディオ再挑戦。
 人間というものは、失敗したと分かっていても、「今度こそは」と懲りずに挑戦してしまう生き物なのでしょうね。もちろん、あほまろもその典型でございます。
 昨年、寝室用の音楽環境を少しでも快適にしたくて、大型のラジカセを購入したのでした。きっかけは、長年愛用してきたJBLの名機「LE8T」のスピーカーが、愛猫ひろちゃんの鋭い爪の洗礼を受け、無惨にもコーン紙を破られてしまったことでした。

「これなら音も良くて、お買い得ですよ!」
 ネット広告は、まるで古道具屋の口上のように甘い言葉を並べ立てます。ついその気になって購入してしまったのですが、これが見事な期待外れ。リモコンは立派に付いているのに、なぜか電源だけは本体のスイッチを押さなければ入らないという、何とも中途半端な親切設計なのであります。

 それ以上に困ったのは音ですよ。

 低音はそれなりに鳴るものの、高音域には耳障りな歪みがまとわりつき、シンバルはガラスを引っかくような響き、女性ボーカルは少々無理をして歌っているように聞こえてしまうのです。音楽とは本来、心を癒やすものなのに、これでは耳のストレッチになってしまいます。
「安物買いの銭失い」
 昔の人は本当にうまいことを言ったものですね。もっとも、そのことわざを身をもって実証する役目まで引き受けなくても良かったのですが……。
 そこで今回は、二度と広告の甘い言葉には惑わされまいと心に誓いました。YouTubeで試聴動画を見たり、海外のレビューを読んだり、専門誌の記事を調べたり、オーディオ愛好家たちの評価を比較したりと、久しぶりに本気の情報収集であります。
 その結果、選んだのがJBLのブックシェルフ型スピーカー「Stage 2 250B」と、中国のAIYIMA社製プリメインアンプ「A80」でした。

 アンプの価格は三万円を切るほど。それでも、最新のデジタルアンプ技術を採用し、実測性能も非常に優秀との評価が多く、「価格以上の実力機」と呼ばれている製品です。昔なら「中華製」と聞いただけで少し身構えたものですが、いまや音響機器の世界では、価格と性能の常識を塗り替える存在になりつつあるのですね。
 長年JBLの音を聴いてきたあほまろですから、耳も多少は贅沢になっております。
 ところが、この小さなアンプには驚かされました。音楽が鳴り始めた瞬間、澄み切った空間の中に楽器が一つひとつ立体的に浮かび上がり、ボーカルはまるで目の前で歌っているかのよう。小さな音量でも輪郭が崩れず、低音は締まり、高音は伸びやか。寝室で静かに聴くには、これ以上望むことはないほどの完成度だったのであります。

 技術の進歩とは本当に恐ろしいものですね。昔は大型アンプを何十キロも抱えて運び、「重いほど良い音がする」と半ば本気で信じていた時代もありました。それが今では、片手で持てるほどの小さな箱が、広い部屋さえ軽々と鳴らしてしまうのですから。
 こうして満足げに配線を終え、ベッドへ横になりました。目を閉じると、大好きなブルーグラスが流れ始めます。
 軽快なバンジョー、素朴なマンドリン、伸びやかなフィドルの音色が、夏の暑さを忘れさせるように部屋いっぱいへ広がっていきました。
「やっぱり音楽はいいなぁ。」
 そう思いながら、しばらく至福の時間を味わっていたのでありました。
 ところが、ふと目を開けると、
「な、なんと!」
 新品のJBLスピーカーの上に、ひろちゃんが堂々と座っているではありませんか。

 どうやら猫という生き物には、「新しい物は、とりあえず自分の物にしてみる」という鉄則があるようですね。

 しかも、あの満足そうな顔。
「この高さ、なかなか悪くないニャ。」
 そんな声まで聞こえてきそうでした。

 思わず昨年のLE8Tの悲劇が脳裏をよぎり、冷や汗が流れましたよ。
 しかし今回は違います。スピーカーには、しっかりと保護用のサランネットが装着されています。昔のように柔らかなコーン紙がむき出しではありません。

「頼むぞ、カバー。」
 そんな祈るような気持ちで、ひろちゃんを見守るあほまろでありました。

 もっとも、オーディオ好きにとって最大の敵は、決して猫だけではありませんよ。実は、もっと手強い相手がいるのです。それは、「もっと良い音があるのではないか」という、自分自身の欲望なのであります。

 今回購入したのは、あくまでも寝室用のコンパクトなシステム。しかし、居間には長年かけて少しずつ揃えてきた本格的なオーディオ装置が鎮座しております。

 中心となるのは、アキュフェーズのプリメインアンプをはじめ、FMステレオ・チューナー、高性能一体型SA-CD/CDプレーヤー。そして、その上には77インチの大型テレビとサウンドバーを構え、左右にはダイヤトーンのスピーカーが堂々と音楽を奏でております。

。

 こうして振り返ってみると、音楽を聴くための機械というより、いつの間にか部屋の主役になってしまったような存在ですね。

 オーディオ沼というものは、一度足を踏み入れると、なかなか岸へは戻してくれません。
「もうこれで終わり。」

 そう自分に言い聞かせながら、新しい機材を眺めているのですが、数日もすると、気がつけばまた新製品のレビューを読んでいる自分がいるのでしょうね。

 もっとも、それもオーディオ好きの持病のようなもの。完治する見込みは、おそらく一生ないのであります。

「良き音に 耳は喜び猫は乗り 主は財布をまた軽くする」(阿呆人也)

 毎朝、あほまろは、まだ誰もいない静かな境内を歩いております。しかし、テレビのニュースで映し出される浅草は、いつも人であふれ返る賑やかな光景ばかりです。同じ浅草寺でありながら、その映像を眺めていると、どこか別の世界の出来事のように感じてしまうのですよ。
 そんなあほまろにとって、散歩の途中で足を踏み入れる観音裏広場は、特別な場所でございます。観光客の喧騒から少し離れ、季節の草花や鳥たちと静かに向き合えるこの場所では、慌ただしく流れていた時間が、ふっと緩やかにほどけていくような気がするのです。  毎朝の日記の題材も、この広場を歩きながら生まれることが少なくありません。あほまろにとって観音裏広場は、写真を撮る場所であると同時に、心を整え、今日という一日の物語を見つけるための、かけがえのない場所なのでございます。

 今朝の日の出は午前4時36分。

 ねむの花は終わってしまいました。

 ハナカイドウの実。

 おはようございます。今朝は開門6分前にやって来た、高橋さん。

 おはよう益美さん。

 益美さん、こう見えても「白衣の天使」なのよ。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 旧奥山の奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。

 イロハモミジも深い緑に包まれ、境内には夏の勢いを感じさせる風景が広がってまいりました。秋には鮮やかな紅葉で人々を魅了するモミジですが、この青々とした葉こそ、一年で最も生命力に満ちあふれた姿なのかもしれませんね。暑い夏を乗り越えた先に、美しい紅葉の季節が待っているのです。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。

 このソメイヨシノには、昨年から一度も落ちることなく枝に残り続けている四枚の葉があるのです。今では新しく茂った深緑の葉にそっと覆われ、その存在に気づく人はほとんどおりません。

 広くなった、西広場。

 伝法院通りでは、お店の取り壊し作業がすべて終わり、今朝は石垣や塀の補修工事が始まる準備が進められておりました。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、肉と野菜とゆで卵にコッペパン。デザートはブルーベリー。 

 妻のコレクションは、ジョルジャさんと早苗さん。

 昨日のお昼の昼食は、娘と冷やしムジナ蕎麦。

 昨日の東京スカイツリー。

 しゅと犬くん。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、タケノコとレンコンの煮物とつくねに納豆ごはん。デザートは北海道天然水。

Memo
iPhone 17 ProMAX
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 昨日は猛暑日なので、浅草の観光客は少な目でした。

Memo
Hasselblad X2DII+XCD 4/28V