令和8年(2026)6月23日(火)  旧暦5月9日 先勝
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 751枚
- 江戸まちの 絵戸も店舗も消えゆけど 写真の中でまだ商いす -

 伝法院通りは、浅草寺の仲見世商店街と交差し、東西におよそ三百メートル延びる、浅草らしい粋な風情を残した通りでございます。江戸の町並みを再現した店舗の意匠や、シャッターに描かれた江戸情緒あふれる絵は、国内外の観光客の目を楽しませ、浅草観光の人気スポットとして親しまれてまいりました。
 ところが、その伝法院通りの風景が、いま大きく変わろうとしております。

 長年にわたる区道不法占拠をめぐる訴訟が和解に至ったことで、仲見世通りの西側に連なる三十二店舗が、今月末までに立ち退くこととなり、現在、その商店の解体工事が進められているのです。防音シートに囲まれた通りを眺めていると、そこにあったはずの賑わいや、店先に漂っていた人の気配までもが、静かに布で覆われてしまったように感じられますよ。

 浅草の町は、いつも変わり続けてまいりました。江戸から明治へ、関東大震災を越え、戦災を越え、高度成長の波を越え、観光地としての顔を何度も作り替えながら、それでもどこかに「浅草らしさ」を残してきた町でございます。ですから、変化そのものを否定することはできません。けれども、長く親しまれてきた商店が幕を閉じる姿を目の前にすると、やはり胸の奥に、ぽっかりと風穴があいたような寂しさを覚えてしまうのです。

 今後、この場所に新たな建物が建てられるわけではなく、通常の区道として開放され、道幅はおよそ十一メートルほどになるとのことです。なるほど、道としてはすっきり広くなるのでしょう。人の流れも良くなり、防災や通行の面では、理屈としては正しいのかもしれません。
 しかし、正しいことと、寂しくないことは別でございます。
 広くなった道を見て、「まあ、これで歩きやすくなりましたね」と言える日が来るのかもしれませんが、あほまろなどは、きっとその広さの中に、かつて並んでいた店の影を探してしまうのでしょう。行政の書類では「区道の正常化」と記されるのかもしれませんが、町の記憶から見れば、それはひとつの風景の終幕でもあるのです。

 思い出すのは、平成十七年に台東区が制定した「伝法院通り江戸まちづくり景観協定」でございます。
 この協定に基づき、伝法院通りの各商店では、シャッターや外観の意匠を江戸風に整えることになりました。アスファルトの道路は砂利道を意識して黄色に塗り替えられ、シャッターには江戸の入口を思わせる絵が描かれ、窓の部分には面格子のような造作が施され、格子戸や昔ながらの看板など、かつての町並みを偲ばせる情景が表現されたのでした。

 今回撤去される南向きの商店のシャッター絵は、絵師であり、足の不自由な土橋さんが、車椅子に乗りながら、およそ三か月をかけて描き上げたものでした。あほまろは、その姿を今でもよく覚えております。

 車椅子の高さから見上げるようにして筆を運び、一枚一枚のシャッターに、江戸の暮らしや町人の息づかいを描き込んでいく。その手つきには、ただ絵を描くという以上のものがありました。浅草の通りに、もう一度、江戸の賑わいを呼び戻そうとする気迫のようなものが感じられたのでした。

 一方、北向きのシャッター絵は、東京藝術大学の学生たちによって描かれました。若い感性による筆致はのびやかで、伝統をなぞるだけではなく、どこか現代的な明るさもありました。南側には熟練の絵師の魂があり、北側には若者たちの瑞々しい感性がある。通り全体が、まるで世代を越えた浅草の絵巻物のようでございました。

 観光客は、そのシャッター絵の前で足を止め、写真を撮り、笑顔を見せておりました。お店が開いている時だけでなく、閉まっている時間にも人を楽しませる。考えてみれば、これほど働き者のシャッターも珍しいものです。普通のシャッターなら閉まれば「本日の商いは終了」でございますが、伝法院通りのシャッターは閉まってからが本番。なんとも律儀で、浅草らしい役者ぶりでしたよ。

 あほまろは、その制作の最初から完成までのすべてを記録しておりました。平成十七年十月の「江戸ネット」には、連日のようにその様子を掲載していたのです。土橋さんが筆を進める姿、学生たちが懸命に描く姿、少しずつ江戸の町並みがシャッターの上に立ち上がっていく様子。そのひとつひとつが、いまでは大切な記録となってしまいました。

 当時は、まさかこの風景が、二十年ほどの時を経て、防音シートの向こうに消えていくことになるとは思ってもみませんでしたよ。

 歴史というものは、古いものだけを指すのではありません。昨日まで当たり前にあった風景も、今日失われれば、もう立派な歴史でございます。あほまろが毎朝、浅草の町を歩き、写真を撮り続けているのは、まさにそのためなのです。

 何気ない一枚が、やがて「もう見られない浅草」になる。笑って撮った写真が、いつか胸に沁みる記録になる。カメラとは、時を止める道具であると同時に、失われていくものへ手を合わせる道具でもあるのですね。
 防音シートの向こうでは、重機が静かに作業を進めております。かつての江戸風の店構えも、シャッター絵も、観光客の笑い声も、土橋さんの筆の跡も、少しずつ町の表面から消えていくのでしょう。

 けれども、あほまろの写真の中には残っております。江戸ネットの記録の中にも残っております。そして何より、あの通りを歩いた人たちの記憶の中に、確かに残っているはずです。
 浅草は、壊しては作り、作ってはまた壊しながら、それでも不思議と浅草であり続ける町でございます。まったく、しぶとい町ですよ。そこがまた、憎らしいほど魅力なのです。

 とはいえ、あほまろとしては、やはりひと言だけ申し上げたい。道幅は広くなっても、心の道幅まで広くなるとは限りませんよ。
 便利さの陰で、町の記憶がこっそり解体されていくこともあるのですから。

 それでも、失われる風景にただ嘆くだけではなく、記録として残すこと。それが、毎朝カメラを持って歩いてきたあほまろの、ささやかな役目なのでしょう。
 伝法院通りの商店たちよ、長い間、浅草の賑わいを支えてくださり、ありがとうございました。あなた方の姿は、確かにここにありましたよ。

「江戸まちの 絵戸も店舗も消えゆけど 写真の中でまだ商いす」(阿呆人也)

。

 今朝は、わずか数十秒の朝焼けでしたが、境内を走り回りながら、なんとかその一瞬を捉えることができましたよ。
朝焼けというものは、こちらの都合などお構いなしに、出たと思ったら、すぐに空の奥へと消えてしまうのですね。
 今朝の外気温は20℃でしたが、数字から受ける印象とは違い、思いのほか肌寒く感じられる朝でした。夏至を過ぎたとはいえ、夜明け前の空気にはまだ冷たさが残り、薄着で出かけると少し心細くなるような陽気でしたよ。
 予報によりますと、梅雨前線が少し離れたことで、日中は雲の間から晴れ間がのぞく時間もあるようです。ただし、最高気温は25℃ほどまで上がるとのことで、朝の肌寒さから一転して、次第に蒸し暑さを感じる一日となりそうですね。気温差に油断せず、こまめな水分補給を心がけながら、今日も無理のないように過ごしたいものです。

 あほまろにとって、散歩の途中でふと足を踏み入れる観音裏広場は、特別な場所でございます。
 表の賑わいから少し離れただけで、そこには別の時間が流れているように感じられるのです。観光客の声も遠のき、木々の葉音や鳥たちの気配だけが静かに残るその場所に立っていると、忙しなく動いていた心まで、ふっとほどけていくようでございます。
 今日もまた、その観音裏広場が、あほまろに日記のネタをそっと教えてくれたような気がいたしました。何か特別な出来事が起こるわけではありません。それでも、何気ない風景の中に、季節の移ろいや、町の記憶、そして小さな発見が隠れているのです。 あほまろにとってここは、ただの広場ではありません。
 毎朝の散歩の途中で心を整え、今日の日記と向き合うための、大切な場所なのでございます。

 ねむの花は終わってしまいました。

 今朝の日の出は午前4時26分。

 境内の紫陽花もそろそろ終わりですね。

 ムラサキクンシラン。

 ハナカイドウの実。

 おはようございます。今朝は開門2分半前にやって来た、野崎さんと高橋さん。

 おはよう益美さん。

 影向堂への入り具とを広げるための工事が始まったので、母子地蔵さん参りはできませんでした。

 「トウネズミモチ」の実が膨らんで来ました。これからの季節は実の成長を楽しみつつ、秋から冬にかけての黒熟に備える期間となります。

 春のやわらかな若葉を通り過ぎ、力強く生い茂るイロハモミジの深緑は、本格的な夏の訪れを感じさせますね。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろはこの木の幹桜の葉が好きで、その様子を記録し続けているのでございます。

 昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉の下ですよ。

 変わりゆく境内。まだ定点観察も出来ず、あほまろはただ静かに立ち尽くすだけ。毎朝、時というものの確かさと無情さを、毎朝、しみじみと噛みしめているのであります。

 ホッピー通りに、むき出しの外貨両替機が設置されております。中には当然ながら現金が詰まっているはずなのに、これが二十四時間稼働しているとは、考えてみれば驚くべきことでございます。
 日本では当たり前のように見過ごしてしまいますが、海外の多くの国では、なかなか考えられない光景かもしれませんね。
 夜遅くまで賑わうホッピー通りに、ぽつんと置かれた両替機。防犯カメラや治安の良さを前提に成り立っているのでしょうが、これもまた、日本ならではの「信用社会」の象徴のように思えてしまいましたよ。
 もっとも、酔客の多い通りに現金入りの機械を置いておくとは、なかなか大胆な商売でございます。治安の良さに甘えているのか、それとも浅草の神仏に守られているつもりなのか、どちらにしても、外国人観光客から見れば、これも立派な“日本の不思議”に映ることでしょうね。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 おはようヒロちゃん。た。

 今朝の朝の朝食は、お肉とフルーツが入った、何か不思議な玉子焼き。

 妻のコレクションは、グレースさんとモミジちゃん。

 昨日の東京スカイツリー。

 しゅと犬くん。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、シュウマイに納豆ごはん。デザートはところてん。

 妻のコレクションは、ゲッシー(夏至)さんと娘のトージ(冬至)ちゃん。

Memo
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