毎月二十四日は、「地蔵縁日」でございます。
お地蔵さまといえば、道ばたや辻のほとりに静かに立ち、子どもや旅人、そして迷える者を見守ってくださる仏さまとして、昔から庶民の暮らしに深く寄り添ってまいりましたよね。豪華な伽藍の奥で威厳を放つ仏さまもありがたいものですが、雨風に打たれながら町角に立ち続けるお地蔵さまには、どこか人間の悲しみを黙って受け止めてくださるような、やさしい温もりがございますよ。
浅草寺にも、そのようなお地蔵さまがいらっしゃいます。それが、あほまろが毎朝お参りしている「母子地蔵尊」でございます。
この母子地蔵尊は、第二次世界大戦の末期から終戦直後にかけて、旧満州、現在の中国東北部から引き揚げる途中で、飢えや寒さ、疫病、混乱、そして襲撃などにより命を落とされた母と子を慰霊するために建立された像です。
戦争というものは、始める者たちは勇ましい言葉を並べますが、そのしわ寄せを最も深く受けるのは、いつの時代も弱い立場の人々でございます。母に抱かれた幼子、母とはぐれた子、子を探し続けた母。その声にならない声が、今もこの地蔵尊の足元に静かに残っているように思えるのですよ。
母子三人が寄り添う姿には、引き揚げの途中で死に別れた母子の霊を慰めるだけでなく、残留婦人や残留孤児として生き別れになった母と子の心のよりどころとなるように、という深い願いが込められております。
あほまろは毎朝、この前を通るたびに手を合わせますが、そこにあるのは単なる慰霊碑ではありません。これは、過去の悲しみを忘れまいとするための、静かな叫びのような存在なのです。
戦争が終わった、と教科書には一行で書かれます。けれども、戦争は終戦の日を境にきれいに終わるものではありません。紙の上では終わっても、帰れなかった人、帰れても家族を失った人、名前を呼ぶ相手を永遠に失った人々の胸の中では、その後も長く長く続いていくのです。まったく、戦争というものは、始めるときだけ威勢がよく、終わった後の片付けは、いつも無力な人々に押しつけるのですから、これほど無責任なものはございませんね。
この母子地蔵尊のデザインを手がけられたのは、漫画家のちばてつや氏です。ちば氏ご自身も、幼少期に満州から引き揚げてこられた体験をお持ちで、その記憶は作品の根底にも深く流れております。母子地蔵尊の姿が、ただ悲しいだけでなく、どこか温かく、人を包み込むように感じられるのは、そうした体験を胸に刻んだ方の手によるものだからなのでしょう。
また、題字と碑文は、同じく漫画家の森田拳次氏によるものです。毎年四月には、両氏を中心とした「日本漫画家協会 八月十五日の会」によって法要が営まれております。漫画家といえば、人を笑わせ、楽しませる仕事と思われがちですが、実は笑いの奥には、時代を見つめる鋭い眼差しがございます。戦争を知らない世代へ、悲しみを説教ではなく、絵や言葉や祈りとして伝えていく。その役目を漫画家たちが担っていることに、あほまろは深い敬意を覚えるのです。
あほまろも一昨年までは日本漫画家協会に加盟しており、この法要にも参加しておりました。浅草寺の境内で、日々の喧騒から少し離れ、母子地蔵尊の前に立つと、華やかな観光地としての浅草とは違う、もうひとつの浅草が見えてまいります。ここは笑いも芸も祭りもある町ですが、同時に、失われた命に手を合わせる町でもあるのです。
今朝もあほまろは、いつものように母子地蔵尊に手を合わせました。
「どうか、二度と同じ過ちを繰り返しませんように」
そう願いながらも、世の中を見渡せば、あちらこちらで争いの火種がくすぶっております。人間という生き物は、過去から学ぶと言いながら、肝心なところで教科書を閉じてしまう癖があるようですね。困ったものです。
それでも、お地蔵さまの前に立ち、静かに手を合わせることには意味があると思うのです。大きな声で世界を変えることはできなくても、せめて忘れないことはできます。忘れない人が一人でも増えれば、悲しみはただの過去ではなく、未来への戒めとなるのです。
母子地蔵尊は、今日も浅草寺の片隅で、静かに佇んでおられます。 観光客の足音が通り過ぎても、鳩が近くを歩いても、朝の風が境内を抜けても、その姿は変わりません。母は子を抱き、子は母に寄り添い、もうひとりの子もまた、そこに小さな命を預けております。
あほまろはその姿を見るたびに、戦争の犠牲になった人々へ祈ると同時に、今朝も無事に歩けること、家に帰れば家族がいること、そしてくだらない冗談を言える日常があることのありがたさを思うのです。平和とは、立派な演説の中にあるのではなく、朝の散歩から無事に帰って、熱いお茶を飲めることなのかもしれませんね。「戦など 勇ましきほど後始末 泣くのはいつも母と子ばかり」(阿呆人也)
今朝の外気温は18℃でしたが、半袖では少し寒く感じる朝散歩でございました。
春先なら、18℃と聞けば「ずいぶん暖かくなったものだ」と感じていたはずなのに、夏が近づくと同じ18℃でも肌寒く思えるのですから、人間の身体とは実に勝手なものですね。季節が進むにつれ、身体のほうもすっかり夏仕様に切り替わり、少し涼しいだけで勘違いをしてしまうのかもしれませんよ。
日中は26℃ほどまで上がる予想で、日差しは少なくても湿度が高いため、蒸し暑く感じられるようです。朝は肌寒く、昼は蒸し暑い。まことに梅雨らしい、着るものに困る一日になりそうですね。
現在、台風7号と台風8号のダブル台風が日本列島へ接近しており、週末には関東地方にも影響を及ぼす可能性があるようです。さらに、停滞する梅雨前線に向かって、台風周辺の非常に湿った空気が流れ込むことで、前線の活動が活発になる見込みとのことです。 今後は、台風の進路や雨の降り方に注意が必要ですね。せっかくの朝散歩も、空模様と相談しながらになりそうでございます。
宝蔵門の真正面で写真を撮っていた女性たち、なかなか終えてくれないので、「すみません、提灯の無い宝蔵門を撮らせてください」と声をかけると、少しだけ横にずれてくれました。
ところが、少しずれてもらっただけでは、やはりちょっと邪魔なのでございます。とはいえ、せっかく早朝の境内で楽しそうに写真を撮っているのですから、こちらも無粋なことは言えませんでしたよ。
そこで、あほまろが女性のスマホで一緒に撮ってあげましょうと言うと、彼女たちは邪魔して「ごめんなさい」と言ってくれましたよ。そのひと言で、許してあげることにいたしました。
でも、提灯の無い宝蔵門に人がいるのも、また今朝だけの浅草になったのかもしれませんね。
浅草寺の裏広場は、表の賑わいがまるで幻であったかのように、観光客の喧騒も届かぬ静寂に包まれた空間でございます。
ねむの花は終わってしまいました。
今朝の日の出は午前4時26分。
ムラサキクンシランは満開を保っておりました。
紫陽花の季節もそろそろ終わりですね。
ハナカイドウの実がうっすらと赤みを帯びてきましたよ。花のころの華やかさとは違い、実になってからのハナカイドウには、静かに時を重ねていく美しさがございますね。
おはようございます。今朝は開門3分前にやって来た、野崎さんと高橋さん
おはよう益美さん。
「トウネズミモチ」の実が膨らんで来ました。これからの季節は実の成長を楽しみつつ、秋から冬にかけての黒熟に備える期間となります。
イロハモミジは、境内に夏の勢いを感じさせる風景が広がってまいりましたよ。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろはこの木の幹桜の葉が好きで、その様子を記録し続けているのでございます。
昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉の下ですよ。
見慣れた風景が消えて広々とした境内野工事が続いており、瓜生岩子像や定点観察の場所には入れなく、寂しくなってしまいましたが、これもまた時の流れというものなのでしょうね。
伝法院通りのお店の取り壊し作業が行われております。
長く見慣れていた町並みが少しずつ姿を変えていくのを見ると、これもまた、浅草の移り変わりのひとつなのだと感じますね。いつもの散歩道でありながら、昨日まであった風景が、今朝はもう違って見えるのでした。
あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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夕べの睡眠は93%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、ウインナーと野菜とゆで卵。デザートはバナナ。
妻のコレクションは、色の無いポテトチップに喜ぶ、旅の女神と江里子さん。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、久しぶりに近所の寿司屋さんから出前一丁
ナナちゃんは、利尻島の生ウニが食べたかったの。
妻のコレクションは、ヒッピーさんとオードリーさん。
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