昨日は久しぶりに青空が広がった東京ですが、今朝は再び秋雨の空へと逆戻りし、朝からまたまた雨となってしまいましたよ。
おまけに早朝の外気温は25℃。秋雨とは名ばかりで、雨に加えて蒸し暑さまで戻ってきたため、今朝のあほまろは浅草寺の開門を待たず、早々に引き上げてまいりました。
昨日の青空は、秋雨の合間に観音さまがちょっとだけ見せてくださった「秋晴れの試供品」だったのかな。
境内の彼岸花が、いよいよ満開となりました。彼岸花は「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」とも呼ばれます。この曼珠沙華という美しい名前は仏教に由来し、サンスクリット語の「マンジュ―シャカ」にちなむとされ、天上に咲くめでたい花として仏典にも登場します。天から降る吉兆の花ともされ、見る者の心を悪から遠ざけるとも伝えられてきたようです。
ところが、このありがたい花には、「幽霊花」「死人花」「地獄花」などという、なんとも物騒な異名まであるのですよ。もっとも、そう呼ばれるようになったのには、それなりの理由があるのでしょう。
彼岸花は、ほかの草花のように、葉を茂らせ、その中から蕾が膨らんで、そろそろ咲きますよと予告してくれる花ではありません。夏の終わりまで何もなかった地面から、ある日突然、すっと一本の茎を伸ばし、気がつけば真っ赤な花を咲かせているのです。
境内では、一昨日まで何もなかったところに、今は雨に濡れた赤い花が立っている。しかも、花のある時には葉がなく、花が終わってから葉が伸びてきます。「花は葉を見ず、葉は花を見ず」といわれる、なんとも不思議な生き方なのですよね。
その姿に昔の人は、この世とあの世との境を自由に行き来するような神秘を感じたのでしょうか。ちょうど秋のお彼岸のころに咲き、墓地や寺院、田畑の畦などでもよく見かけることから、死者の世界と結び付けられ、さまざまな異名が生まれていったのでしょう。
しかし、あほまろには彼岸花が不吉な花には見えません。
むしろ、毎年ほとんど同じ季節になると、土の中から赤い花を掲げて、「そろそろお彼岸ですよ。忘れてはいけませんよ」と知らせに来る、暦を持たない季節の使者のように思えるのです。
昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と申します。春の彼岸を過ぎれば厳しい寒さも和らぎ、秋の彼岸を過ぎれば残暑もようやく遠のいていく。もちろん、これは気象予報ではなく、長い年月の暮らしの中から生まれた言葉なのでしょう。
ところが近年は、このことわざも少々肩身が狭そうですね。
お彼岸になっても30℃近くまで気温が上がることがあり、「暑さ寒さも彼岸まで」と言われても、暑さのほうが「そんな約束をした覚えはありません」と居座っているようです。
それでも彼岸花だけは、人間の暦など見ていないはずなのに、季節のわずかな変化を感じ取って、ちゃんと赤い花を咲かせてくれるのですからね。
あほまろは以前、埼玉県日高市の巾着田に満開の彼岸花を見に行ったことがありました。あそこは、蛇行する高麗川に囲まれた土地の形が、上から見ると巾着のように見えることから「巾着田」と呼ばれるようになった場所です。秋になると木立の下を埋め尽くすように曼珠沙華が咲き、一面が真っ赤な絨毯を敷き詰めたようになります。
一本だけなら、どこか寂しげな彼岸花なのに、数え切れないほど集まると、まったく違う表情を見せてくれましたよ。
赤、赤、赤が、木立の向こうまで続き、地面そのものが燃えているようにも見えました。
けれど、不思議なことに炎のような激しさではありません。あれほど鮮烈な赤なのに、群生の中に立っていると、むしろ静かな気持ちになったことを覚えております。
考えてみれば、「彼岸」という言葉そのものが、こちら側の「此岸(しがん)」に対する、悟りの世界である向こう岸を意味する仏教の言葉です。
川のこちら側から向こう岸を眺める。そう考えると、高麗川に囲まれた巾着田で曼珠沙華を眺めた記憶も、今になればどこか象徴的に思えてくるのです。
今年の秋彼岸は、9月20日(日)から9月26日(土)までで、9月23日の秋分の日が中日にあたります。お彼岸は春と秋の年二回、ご先祖さまを偲び、亡き人に思いを寄せる大切な期間です。
あほまろ家のお墓は北海道にあるので、東京から毎年お墓参りに出かけることはできません。
しかし、距離が離れているからといって、亡くなった人まで遠くなるわけではありません。
あほまろは毎年、浅草寺の五重塔の基壇内部に設けられている霊牌殿にお参りしています。そこには永代供養のために納めた、わが家の位牌が安置されているのです。
けれど、お彼岸になると、その五重塔を見る気持ちが少しだけ変わりますよ。あの中には、わが家のご先祖さまたちの位牌がある。
毎朝の散歩でも、五重塔の前を通るので、堂内に入らずともお参りだけは欠かしてませんよ。
朝焼けの日も、雨の日も、雪の日も、暑くて汗だくの日も、寒くて手がかじかむ日も、五重塔はいつも同じ場所に立っているのですからね。
北海道ニセコ町のお墓に手を合わせても、浅草の霊牌殿で手を合わせても、あるいは朝の境内でふと思い出して空を見上げても、心が向かう先は同じなのではないでしょうか。
彼岸花もまた、そんなことを教えてくれているような気がします。
花が咲いている時には葉がなく、葉が茂るころには花がありません。それでも、見えないところで命はちゃんとつながっています。
人間も同じなのかもしれません。
姿が見えなくなったからといって、その人とのつながりまで消えてしまうわけではありません。思い出の中に、言葉の中に、写真の中に、そして自分自身の中に、亡くなった人たちは静かに残っているのです。
だから今年も、境内の曼珠沙華が真っ赤に咲き揃いました。
「もうすぐお彼岸ですよ」
そう知らせるために、土の中から突然現れた赤い使者たちです。
昔の人は「幽霊花」などと恐ろしい名前を付けましたが、あほまろにはどうしても幽霊には見えません。
むしろ、あちら側から届いた季節の便り。
今年も忘れずに手を合わせなさいよ、と、ご先祖さまたちが赤い花を使って催促しているようにも思えるのです。
そう考えれば、「死人花」どころか、なかなか親切な花ではありませんか。そんな曼珠沙華を眺めながら、今年もお彼岸を迎えるのですよ。
「曼珠沙華 咲けば彼岸の鐘を聞き 遠きふるさと近くなる朝」(阿呆人也)
北海道は遠くても、手を合わせれば心の距離はほんの一瞬です。
今年もあほまろは、浅草の観音さまのもとから、ご先祖さまたちに静かに手を合わせることにいたしますよ。
今朝の日の出は午前5時23分。
観音裏では、平成中村座の小屋がけ工事が進んでおります。
子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。
令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。以前とはまったく違う景色になりました。
お店の取り壊し作業が終わった伝法院通り。
あほまろは今日も秘密基地にて、「浅草は、朝が深い」の原稿書きに勤しみますよ。
-------------------------------------------------------
夕べの睡眠は64%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、肉とホタテの蒸したのに、海苔ごはん。デザートは種無し巨峰。
妻のコレクションは、聖子ちゃんとレンちゃん。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、チャーハン。デザートはシャイマスカット。
妻のコレクションは、ソフィアちゃんと知子ちゃん。
MemoiPhone 17 ProMAX