今朝の日の出は、午前5時07分でした。
しかし、太陽が東の空から顔を出すより30分ほど前のことです。いつものように観音裏広場から東の空を眺めていると、まだ夜の名残をとどめた空の一角が、ふいに淡い朱色を帯び始めました。
「あっ、焼けてきた」そう思ってカメラを構えます。
ところが、朝焼けというものは、こちらの都合など待ってくれません。露出を確かめ、構図を決め、何枚かシャッターを切っているうちに、先ほどまでの朱色は見る見る薄くなり、いつもの朝の空へと戻ってしまいました。
ほんの一瞬の出来事なのですからね。
せっかく早起きして待っているのだから、もう少しサービスしてくれても良さそうなものですが、お天道さまには「撮影延長」という制度が無いようですよ。
昔から、「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」などと言われてきました。これは単なる迷信というより、日本付近では天気が西から東へ移ることが多いため、西から湿った空気や雲が近づいている朝には、その雲が東の低い太陽の光を受けて赤く染まり、やがて天気が崩れることがある、という昔の人たちの経験から生まれた観天望気のひとつなのでしょう。
もちろん、朝焼けが出たから必ず雨になるわけではありません。空にも事情がありますし、天気予報だって時々外れるのですから、昔のことわざに百発百中を求めるのも酷というものでしょうね。
あほまろは毎朝、観音裏広場に立って、ほぼ同じ場所から東の空を撮り続けています。同じ場所、同じ方向、そしてほぼ同じ時間です。
そんなことを何年も続けていると、「毎朝、同じ空を撮って何が面白いのですか」と思われる方もいらっしゃるでしょう。
ところが、同じ空など、一度として無いのですよ。
雲の形も違えば、風の匂いも違います。空の青さも違えば、東の端に現れる光の色も違います。昨日と今日では日の出の位置さえ、ほんの少し動いているのです。
人間の暮らしは「いつもと同じ朝」の繰り返しに見えても、空だけは毎朝、新作を発表しているのでございます。
ただし、その新作が傑作とは限りません。何の変哲もない灰色の空の日もあります。雲ばかりで日の出さえ見えない朝もあります。せっかくカメラを持って待っていても、「本日の公演は中止です」とでも言いたげな空の日もあるのですからね。
だからこそ、ごく稀に、空全体が燃えるような朱色や橙色に染まった朝に出逢うと、息を呑んでしまうのです。
そんな見事な朝焼けに出逢えるのは、あほまろの感覚では年に数回ほどでしょうか。
毎日通って、年に数回。ずいぶん効率の悪い趣味ですからね。
しかし、効率ばかりを求めるようになった世の中だからこそ、年に数回しか出逢えないものを、毎朝待ち続ける時間にも意味があるような気がするのです。
日の出前、太陽そのものはまだ地平線の下にあります。それでも太陽の光は上空の大気や雲に届き、雲の下側を少しずつ染めていきます。
最初は灰色だった雲の縁に薄紅色が差し、やがて桃色から朱色へ、朱色から橙色へと変わっていく。それはまるで、誰かが大きな刷毛を使って、夜の空に少しずつ色を重ねているようです。
しかも、その絵には保存ボタンなんかありません。数分後には消えてしまうのですから、あほまろはシャッターを切るのですよ。
写真とは、消えてしまうものに向かって、「ちょっと待ってくれ」と頼む行為なのですからね。
朝焼けや夕焼けが赤く見えるのには、ちゃんとした理由があります。
太陽が地平線近くにある朝夕は、その光が昼間よりも長い距離を大気中で進んで、私たちの目に届きます。その途中で、波長の短い青や紫の光は空気の分子などによって散乱されやすく、相対的に波長の長い赤や橙の光が残りやすくなります。
その赤い光が雲を下から照らすことで、空はさらに鮮やかに染まります。
科学で説明してしまえば、それだけの現象です。
しかし、理屈が分かったからといって、美しさが減るわけではありません。虹がどうして七色に見えるのかを知っていても、虹を見つければ嬉しいでしょう。それと同じで、朝焼けの仕組みを知っていても、空が真っ赤に燃え上がれば、あほまろはやっぱり立ち止まってしまうのです。
むしろ、太陽の光と地球の大気と雲とが、たった数分間だけ条件を揃えて見せてくれる景色だと思えば、なおさら不思議ではありませんか。
これから季節は、少しずつ秋へと向かっていきます。
秋になると夏の湿った空気から次第に乾いた空気へと入れ替わり、空が澄んで、高く感じられる日が増えてきます。また、うろこ雲やひつじ雲など、秋らしい高い雲が広がる日には、それらが朝夕の低い光を受け、美しく染まることがあります。
昔から「夕焼けを見るなら秋」などと言われるのも、澄んだ空と秋らしい雲とが織りなす色彩が、とりわけ印象深いからなのでしょう。
もっとも、最近のあほまろには、夕焼けをじっくり眺める機会が少なくなってしまいました。
なにしろ早寝早起きでございます。
世間のみなさんが「さあ、これから夜だ」と街へ繰り出す頃、あほまろは食事を済ませ、「さて、そろそろ寝る支度でもするか」という時間なのです。
昔なら夕焼けの後に一杯、なんてこともあったでしょうが、酒を断ったあほまろ、今では夕焼けを眺めながら考えるのは、
「明日の朝も早いから、もう寝なくちゃ」でございますよ。
夜遊びを卒業すると、人生の楽しみが減るかと思っていましたが、その代わりに、夜遊びをしている頃には知らなかった朝の世界を知ることができました。
夕焼けは、一日を無事に過ごした者へのご褒美なのかもしれません。それなら朝焼けは、これから始まる一日への贈りものなのでしょう。
「今日も一日、始まりますよ」
東の空が、そう知らせてくれているように思えるのです。
もちろん毎朝、贈りものが届くわけではありません。
曇りの日もあります。
雨の日もあります。
何も起こらない朝もあります。
けれど、何も起こらない朝も含めて撮り続けているからこそ、ある日突然現れる真っ赤な空が、特別な一枚になるのでしょう。
毎朝同じ時間に起き、同じ道を歩き、同じ場所から同じ空を撮る。一見すると、変化のない繰り返しです。
しかし、二度と同じ朝はやって来ません。昨日の朝焼けは、今日にはありません。今朝の雲も、明日の朝にはありません。
そして、それを見ているあほまろ自身も、昨日とまったく同じではないのです。
だから、撮るのです。
今日の空は、今日しか撮れないから。
今日の浅草は、今日しか残せないから。
そしていつの日か、あほまろがこの場所に立てなくなったとしても、写真の中には、午前五時前の空が残ります。
まだ街が眠っていたこと。
東の空だけが先に目を覚ましたこと。
雲の底が朱く染まったこと。
そして、その一瞬を「きれいだな」と思って、ひとりカメラを構えていたことまで、写真の向こうに残ってくれるような気がするのです。
浅草の朝は、ただ早いだけではありません。毎日歩けば歩くほど、見れば見るほど、昨日まで気づかなかったものが見えてくるのです。
だから、あほまろにとって、
「浅草は、朝が深い」のです。
明日の朝もまた、午前五時前には観音裏広場から東の空を見上げていることでしょう。さて、お天道さま。明日はどんな新作を見せてくれるのでしょうね。
「夕焼けは 酒より先に寝てしまい 朝焼けだけが馴染み客なり」(阿呆人也)
今朝の外気温は25℃でしたが、気温以上に湿度が高く、朝から蒸し暑さを感じました。
今日は太平洋高気圧が張り出し、上空にも非常に暖かな空気が流れ込んでいるため、午前中からぐんぐん気温が上がるようです。東京でも久しぶりに35℃以上の「猛暑日」となる予想で、場所によっては体温に迫るような危険な暑さとなるおそれもあるとのことですよ。
今朝の日の出は午前5時07分。
サルスベリの花。
ハナカイドウの実。
おはよう、利伊さんと益美さん。
おはようございます。今朝は開門3分前に、道頓堀グリコでやって来た、野崎さんと高橋さん。
益美さんと梶原さんも加わって、おはようございます。
開門直後の本堂。
子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
日本のナイチンゲールと称される瓜生岩子像。
深い緑に包まれたイロハモミジ。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろは、風格ある幹や力強く伸びる枝ぶりはもちろんのこと、とりわけ葉の移ろいに心を惹かれております。
昨年から落ちることなく枝に残り続けている三枚の葉があります。新しく茂った深緑の葉にそっと覆われ、その存在に気づく人はほとんどおりませんが、あほまろは毎朝、その葉の姿を探してしまうのでございます。
令和の大改修を終え、広々とした境内西広場。以前とはまったく違う景色になりましたが、開放感あふれる新しい浅草寺の表情が広がっております。
今朝の観音裏広場では、大勢のスタッフが集まって、何やら本格的な撮影を行っておりましたよ。
大きなカメラにモニター、照明機材まで持ち込んで、みなさん真剣な表情で打ち合わせの最中でした。映画なのか、テレビなのか、それともCMの撮影なのでしょうか。残念ながら、何を撮っているのかまでは分かりませんでした。
浅草は、観光客だけでなく撮影隊にも人気のようですね。人影の少ない早朝だからこそ撮れる「浅草の素顔」が、きっとあるのでしょう。
もっとも、その素顔を毎朝撮り続けているあほまろにとっては、撮影隊そのものもまた、今朝の浅草を彩る格好の被写体なのでございました。
何ごとも無かったかのような、西参道商店街。
お店の取り壊し作業が終わった伝法院通りでは、これから石垣や塀の補修工事が始まるのです。
あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、肉入りポタージュにクルミパン。デザートはモモちゃん。あほまろは、リンゴのように、皮ごと頬張るのですよ。
妻のコレクションは、ジェームちゃんとモミジちゃん。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、肉入りポタージュにクルミパン。デザートはモモちゃん。古麻呂のおみやげ、おかげ横丁の萬金丹。
妻のコレクションは、おかげ横丁萬金丹ず。
MemoiPhone 17 ProMAX