雨上がりの空は低い雲に覆われ、街全体が薄いベールをまとったように霞んでおりました。そんな幻想的な朝の景色の中、東京スカイツリーでは様々な照明の点灯試験が行われておりましたよ。
東京スカイツリーのライティングは、伝統美を表現した「粋」「雅」「幟」の三つを基本デザインとし、季節やイベントに合わせた特別ライティングが数多く実施されています。点灯時間は季節によって異なり、日没の早い冬は午後4時30分頃から、日の長い夏は午後7時頃から始まり、毎日24時に消灯します。しかし、今朝のように営業時間外の試験点灯が行われることもあり、偶然その瞬間に出会えた朝は、ちょっと得をした気分になりますね。
今朝は、ツリー全体が鮮やかな真紅に染まったかと思えば、青や緑へと移り変わる幻想的なグラデーションを繰り返しておりました。霞んだ空に浮かび上がるその姿は、まるで巨大な光のオブジェが夜明け前の東京に現れたかのようで、とても印象的でしたよ。
東京スカイツリー公式サイトのライティング情報を確認してみると、今夜はテレビアニメ『ブルーロック』とのコラボイベント「BLUE LOCK EPISODE 空(SKY) in 東京スカイツリー」が開催されるとのこと。そのため、今朝の点灯は本番に向けた試験だったようですね。
公式サイトによると、
「18時45分から19時45分までは、照明機器を最大限に近い明度で点灯した白色に虹色の演出を組み合わせ、さらに輝くように明滅する交点照明を加えた、色鮮やかな点灯演出を行います。」
とのことです。
さらに、この特別ライティングは、アニメに登場する各キャラクターをイメージしたデザインが約5分で1周する演出になっているそうです。今朝の試験点灯を目にしたおかげで、今夜の本番がますます楽しみになってまいりましたよ。
浅草神社境内で催されている「夏詣」でも、夜になると七夕飾りが美しくライトアップされ、天の川をイメージした幻想的な光の演出や、境内を彩る協賛提灯の灯りが訪れる人々を優しく包み込んでいるようです。しかし、あほまろが歩く早朝の境内では、華やかな演出とは少し趣が異なり、まだ夜の名残を残した照明が、静かに揺れる短冊を一枚一枚照らしておりました。
誰もいない境内に、風が吹くたび笹の葉がさらさらと揺れ、その音に合わせるように短冊も小さく踊っています。その光景は、まるで人々の願い事が朝の風に乗って、天へ届けられていくかのようでしたよ。
短冊に書かれた願いを眺めていると、日本語だけではなく、英語や中国語、韓国語など、さまざまな言葉で綴られた願いが目に留まりました。浅草という町が、いまや世界中の人々の祈りを受け止める場所になっていることを、改めて実感させられますね。
考えてみれば、願いを何かに託すという風習は世界各地に存在します。欧米ではクリスマスツリーに願いを書いたオーナメントを飾る催しもありますし、中華圏では旧正月の飾りに吉祥の言葉や願いを書いて新年を迎えます。形は違っても、「より良い明日を願う」という人の心だけは、国境も宗教も越えて共通なのでしょう。
短冊には、「彼氏ができますように」「病気が治りますように」「お金がたくさん入りますように」といった、実に人間らしい願いが並んでおりました。神さまも、この時期は願い事の受付窓口が大忙しでしょうね。中には「もう少し願い事を分散してくれませんか」と、苦笑いされているかもしれませんよね。
ところが、その中で目を引いたのは、「私は金持ちになります」と、願望ではなく断言している短冊でした。
「~になりますように」ではなく、「なります」と言い切る。
なるほど、願いとは神仏に託すだけではなく、自分自身への約束でもあるのでしょう。人は言葉にした瞬間から、その未来へ一歩踏み出しているのかもしれません。昔から「言霊(ことだま)」という言葉がありますが、自らの未来を断言することも、立派な祈りの形なのでしょうね。
そして、あほまろの足を止めた一枚の短冊がありました。そこには、たった一言。
「夢が欲しい」
とだけ書かれた一枚でした。
最初は少し不思議な願いにも思えました。しかし、その文字を眺めているうちに、胸の奥が静かに揺さぶられてしまいました。
夢とは、「叶えたいもの」だと思い込んでいましたが、この方は、その前に「夢そのものが欲しい」と願っていたのです。
もしかすると、毎日を懸命に生きる中で、自分が本当に心を動かされるものを探し続けているのでしょうか。あるいは、人生にもう一度胸を躍らせる何かと出会いたいと願っているのでしょうか。
夢は、最初から大きく立派である必要はありません。
・明日も散歩に出たい。
・美しい花を見たい。
・誰かに「おはよう」と声を掛けたい。
・今日より少しだけ笑いたい。
そんな小さな「好き」や「心地よい」が積み重なって、いつしか人生を照らす大きな夢へ育っていくものなのだと、あほまろは思うのです。
もし、「夢が見つからない」と感じているなら、それはまだ心が本当に震える何かに出会っていないだけなのかもしれません。焦る必要も、人と比べる必要もありません。夢は探しに行くものというより、毎日の暮らしの中から、そっと芽を出してくるものなのでしょう。
「夢が欲しい」。
たった五文字の短冊でしたが、その言葉には、人生をもう一度歩き始めようとする静かな勇気が込められているように思えました。
その短冊を見つめながら、あほまろも考えてしまいましたよ。
「もうすぐ八十歳だから、夢を見る歳ではない」などと、いつの間にか自分で勝手に決めつけてはいなかっただろうか、と。
いや、それは違いますね。人は歳を重ねるほど、夢を見る資格を失うのではなく、夢を見る理由が増えていくのです。
・毎朝歩けることも夢。
・一枚でも心に残る写真を撮ることも夢。
・浅草の今日を未来へ残すことも夢。
そして、これから出版を目指している『浅草は、朝が深い。』が、一人でも多くの方の心に届くことも、あほまろにとっては大切な夢なのであります。
七夕の笹は、願いを天へ届けるだけではありません。時には、誰かの短冊が、自分の心の奥に眠っていた夢まで目覚めさせてくれることもあるのですね。
「夢ほしい 笹に結びし一文字に 老いも若きも星に願いを」(阿呆人也)
浅草寺の裏広場は、表の賑わいがまるで幻であったかのような静寂に包まれた空間にて、「夢が欲しい」を考えてしまいました。
いよいよ「平成中村座」の仮設工事が始まるようでした。
今朝の日の出は午前4時30分。
紫陽花はまだ花を保っておりました。
ムラサキクンシランもそろそろ終わりですね。
ねむの花。
毎朝見守っているハナカイドウの実がいっぱいに実ってまいりました。春には淡い花で境内を彩ってくれましたが、いまはその面影を小さな青い実へと託しています。これから夏を越え、秋には赤く色づき、小さなリンゴのような可愛らしい実になる日が楽しみですね。植物は季節を忘れることなく、来る日も来る日も静かに命をつないでいるのです。
今年も浅草寺の境内に「永谷園の噴霧器(ミスト)」が設置されましたよ。
夢を求め、おみくじを手にする若者たちの姿を見ていると、人生は希望を持ち続けることが何より大切なのだと、改めて教えられる気がいたします。
平井さん、おはようございます。
陽子さん、おはようございます。そして、ありがとう。淡路島のおみやげをいただいました。
おはようございます。今朝は開門2分半前にやって来た、山本さん、野崎さん、金山さんと高橋さん。
境内のトウネズミモチは剪定されてしまいました。
力強く生い茂るイロハモミジの深緑は、本格的な夏の訪れを感じさせますね。
定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろはこの木の幹桜の葉が好きで、その様子を記録し続けているのでございます。
昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉の下ですよ。
見慣れた風景が消えて広々とした境内の工事が続いており、瓜生岩子像や定点観察の場所には入れなく、寂しくなってしまいましたが、これもまた時の流れというものなのでしょうね。
伝法院通りのお店の取り壊し作業が行われております。
あほまろは午後から、かっぱ橋の七夕祭りを見に行きますよ。
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夕べの睡眠は87%でした。
おはようヒロちゃん。
今朝の朝の朝食は、餃子と野菜。デザートはブルーベリー。
妻のコレクションは、陽子さんと音威子府の春さん。
昨日の東京スカイツリー。
しゅと犬くん。
あほまろお帰りなさい。
夕べの夜の夕食の晩ご飯は、冷や豆腐の煮物と海苔ごはん。デザートは、デラウエア。
妻のコレクションは、ユキちゃんとレンちゃん。
MemoiPhone 17 ProMAX