令和8年(2026)6月17日(水)  旧暦5月3日 先勝
今朝の撮影 Data
SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17 Pro Max
現像 Adobe Photoshop Lightroom CC
撮影枚数 638枚
- 見上げる者だけが出会える、浅草寺五重塔の「猿の鬼瓦」 -

 今朝、眩しい朝焼けに照らされた浅草寺の鬼瓦を眺めているうちに、以前の日記にも書きましたが、五重塔に潜む「鬼門封じの猿」を撮影するため、ずいぶん苦労した日のことを思い出すのです。
 朝日に浮かび上がる鬼瓦は、口を大きく開き、牙をむき、いかにも恐ろしい顔をしております。しかし、毎朝眺めていると、不思議なもので、その怖い顔にも親しみが湧いてまいります。人間も鬼瓦も、毎日顔を合わせていれば、そのうち町内の顔馴染みになるのでしょうね。

 ところで、みなさんは浅草寺の五重塔を、じっくりと見上げたことがあるでしょうか。
 朱も鮮やかな現在の五重塔は、昭和48年に再建された鉄骨・鉄筋コンクリート造りで、最上層には遠くスリランカから奉戴された仏舎利が納められております。浅草寺の長い歴史の中で、塔は幾度も火災に遭い、そのたびに再建されてきました。まさに、焼けてもなお立ち上がる浅草の心を、そのまま塔の姿にしたような建物なのでございます。
 その五重塔の第三層、高さでいえば中ほどに当たる南西の角に、なんと「猿の鬼瓦」が据えられているのですよ。

 ただし、その存在を知っている方は、さほど多くありません。なんせ、五重塔の高い屋根の一角ですから、普通に歩いているだけでは、まず気づきません。まして最近は、上を見上げるより、下を向いてスマートフォンを眺めながら歩く方が増えました。五重塔の猿どころか、前を歩く人の背中にも気づかず、ぶつかってから初めて現世に戻ってくる方までいらっしゃいますからね。
 通常の鬼瓦は、鬼の顔をあしらった威厳ある姿で、屋根の端から建物を守っております。火災や災厄を遠ざける魔除けとして、古くから寺社や城郭、民家の屋根に置かれてきました。
 ところが、五重塔の一角に潜む猿の瓦は、鬼瓦とは少し趣が異なります。怖いというより、どこか愛嬌があり、じっと見ていると、今にも屋根から顔を出して、「今日も浅草は賑やかだな」と笑いかけてきそうなのです。迫力で邪気を追い払う鬼に対して、猿は知恵と愛嬌で災いをかわしているのでしょうか。

 鬼が正面突破なら、猿は要領よく横道へ逃げる。どちらが賢いのかは分かりませんが、長生きするには、時として猿の方が一枚上手なのかもしれませんね。
 上の写真をご覧ください。
 上が通常の鬼瓦で、下が五重塔第三層に据えられた「猿の鬼瓦」です。
 この猿の姿を写真に収めるのは、実に大変でしたよ。あほまろは十数年前、浅草寺幼稚園の屋上から特別に許可をいただき、空気の澄んだ冬の時期を選んで撮影させていただきました。使用したのは300ミリの望遠レンズ。それだけでも足りず、さらに1.4倍のテレコンバーターを装着し、ようやく猿の姿を捉えることができたのですよ。
換算すれば420ミリ相当です。それほどの望遠レンズを構えても、猿はまだ屋根の上で小さく見えるばかり。寒い屋上でカメラを構え、風に震えながらピントを合わせるあほまろを、猿の方では「下界で妙な老人がこちらを狙っているぞ」と眺めていたことでしょう。 もっとも、その頃のあほまろは今より若かったので、寒風の中でも長時間粘ることができました。今なら猿を撮る前に、あほまろの腰が鬼門に入りそうですよ。

 昔から日本では、方角や地形、建物の配置によって、目に見えない「気」の流れを整えようとする考えが大切にされてきました。一般に風水と呼ばれる思想もその一つですが、日本では陰陽道や民間信仰、仏教的な守護観念などが重なり合い、独特のかたちで根づいております。
 なにしろ、人生を明るく開くためには「陽の気」が大切だと申します。陰気な場所には近づかず、暗い話ばかりせず、人間関係にも風を通す。要するに、くよくよしないで、明るく元気に暮らしなさいということでしょう。
 しかし、それができれば誰も苦労はいたしませんけどね。

 世の中には、朝から不景気の話をし、昼には政治を嘆き、夜には他人の悪口で一杯やる方もいらっしゃいます。これでは鬼門を封じる前に、ご本人が邪気の出入り口になってしまいそうですね。
 その方角の中でも、古くから特に警戒されたのが「鬼門」です。
 鬼門とは北東、十二支で申しますと「丑」と「寅」の間に当たる「艮」の方角です。季節に重ねれば、冬から春へ移り変わる境目。時刻で考えれば、夜の闇が明け方へ向かう頃に重なります。

 昔の人々は、このような季節や時刻、方角の境目には、目に見えないものが入り込みやすいと考えました。それゆえ鬼門は、邪気や災いが出入りする方角として恐れられ、家を建てる際にも、門や便所、台所などの配置に細心の注意を払ったのです。
 そして、鬼門の反対側に当たる南西が「裏鬼門」です。
 南西は十二支でいえば「未」と「申」の間に当たり、そこから猿が鬼門除けの象徴として用いられるようになったといわれております。また、「申」を動物の猿に置き換え、「魔が去る」「災いが去る」と意味を重ねることもあります。

 まことに、日本人は昔から語呂合わせが好きだったのですね。
 しかし、語呂合わせと笑ってはいけません。「難を転ずる」から南天を植え、「福をかき込む」から熊手を飾り、「魔を滅する」から豆をまく。理屈だけを申せば駄洒落のようですが、人は言葉に願いを託し、その願いを日々の暮らしの中に据えることで、心を整えてきたのでしょう。
 現代人が「運気が上がる壁紙」や「金運を呼ぶ財布の色」に夢中になるのと、根っこのところはあまり変わらないのかもしれません。昔は猿瓦、今はスマートフォンの待ち受け。人間の願いは進歩しても、心配事の中身は、さほど進歩していないのでございます。

 江戸時代、徳川幕府は江戸城の北東、すなわち鬼門に当たる上野の台地に東叡山寛永寺を建立しました。寛永寺は、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈る祈祷の寺として、江戸の町を守る大切な役割を担っていたのです。
 さらにその北東方向には浅草寺があります。

 浅草寺そのものを、徳川家が築いた鬼門結界の一部と見る説もございます。史実としてどこまで意図的に組み立てられたものかは慎重に考えなければなりませんが、江戸の人々が、上野から浅草へ連なる寺社の存在に、町を守る大きな祈りを感じていたことは想像に難くありません。

 将軍様からすれば、「上野は寛永寺に任せた。浅草寺も、その先をしっかり頼むぞ」
 といった心持ちだったのかもしれませんね。
 もっとも、現代の浅草商人たちは、「今年の景気の鬼門はどこだ」「人は多いのに財布の紐が固い」などとぼやいております。どうやら現代の鬼は北東からではなく、物価高や電気代、社会保険料の方角からやって来るようです。
 こればかりは、猿の鬼瓦でも追い払えないかもしれません。
 五重塔第三層の南西角に据えられた猿は、そうした人間界の騒ぎを、今日も高い屋根の上から静かに眺めております。
 観光客が増えようが、景気が上がろうが下がろうが、選挙のたびに立派な約束が並ぼうが、猿は何も申しません。ただ南西の角に座り、長い年月、浅草の町を見守り続けているのです。
 表立って褒められることもなく、参拝客から手を合わせられることもなく、案内板に大きく名前を記されることもありません。それでも、誰にも見えない場所で、自分の役目を果たしている。そう思うと、猿の鬼瓦は、どこか市井に生きる人々の姿にも重なって見えてまいります。

 町を支えているのは、いつも表舞台に立つ人ばかりではありません。まだ町が眠っているうちに道を掃く人、店を開ける人、荷物を運ぶ人、花を育てる人、寺の扉を開く人。誰にも気づかれなくても、それぞれが自分の場所で役目を果たしているからこそ、浅草の一日は何事もなかったように始まるのです。
 もし晴れた日に浅草寺を訪れることがありましたら、ぜひ一度、五重塔を見上げてみてください。
 ただし、猿はたいへん高い場所におりますので、肉眼だけで見つけるのは容易ではありません。双眼鏡を用意し、塔の第三層、南西の角を探してみてください。眺める場所によっては建物や樹木に遮られるため、境内から見える位置を少しずつ変えながら、気長に探すのがよいでしょう。
 そして、猿の姿を見つけたなら、どうか大声で騒がず、心の中でそっと挨拶してあげてください。
「今日も浅草を守ってくれて、ありがとう」と。

 あほまろは思うのです。目に見えるものだけが、この世を支えているのではありません。 見えないところで誰かが働き、知られない場所で誰かが祈り、忘れられた屋根の上で一匹の猿が災いを見張っている。人は、その存在に気づいたとき、初めて自分もまた、多くの見えない力に支えられて生きていることを知るのでしょう。

 猿の鬼瓦は、見上げた者にしか見つけられません。
 けれども、見えないからこそ、そこには想像する心が生まれます。信じる心が宿ります。そして、たまには足元のスマートフォンから目を離し、空や塔を見上げてみようという、ほんの少しの余裕も生まれるのです。
 朝焼けに染まる五重塔を眺めながら、あほまろは、今日も屋根の上の猿に挨拶をいたしました。
「お猿さん、今日も浅草を頼みますよ」
 すると、眩しい朝日の中で猿の鬼瓦が、ほんの少し笑ったように見えました。もっとも、それは朝日のいたずらだったのかもしれませんけどね。
 しかし、そう見えたのなら、それでよいのです。信じる心というものは、案外、そのくらい曖昧で、そのくらい優しいものなのでございますよ。

「鬼門より 鬼は来ぬかと猿が見る 下では人がスマホ見るだけ」(阿呆人也)

 今朝の日の出は午前4時24分。

。

 浅草寺の裏広場は、表の賑わいがまるで幻であったかのように、観光客の喧騒も届かぬ静寂に包まれた空間でございます。

 アメリカデイゴが散り始めました。

 紫陽花はもうちょっと頑張ってくださいね。

 ムラサキクンシラン。

 ねむの花。

 ハナカイドウの実。

 今日も暑くなりますよ。

 おはようございます。今朝は開門4分前にやって来た、野崎さんと高橋さん。

 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。

 「トウネズミモチ」の花が終わり実が膨らんで来ました。これからの季節は実の成長を楽しみつつ、秋から冬にかけての黒熟に備える期間となります。

 イロハモミジは、境内に夏の勢いを感じさせる風景が広がってまいりましたよ。

 定点観察を続けているソメイヨシノの木。あほまろはこの木の幹桜の葉が好きで、その様子を記録し続けているのでございます。

 昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉の下ですよ。

 変わりゆく境内。まだ定点観察も出来ず、あほまろはただ静かに立ち尽くし、毎朝、時というものの確かさと無情さを、毎朝、しみじみと噛みしめているのであります。

 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。

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 夕べの睡眠は89%でした。

 おはようヒロちゃん。

 今朝の朝の朝食は、夕べの残りライスカレーにゆで卵を乗せて、バターパン。デザートはそんなバナナ。 

 妻のコレクションは、利子さんと八千代さん。

 昨日の東京スカイツリー。

 しゅと犬くん。

 あほまろお帰りなさい。

 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、ライスカレー。デザートはデコポン。

 妻のコレクションは、知子ちゃんと祥子さん。

Memo
iPhone 17 ProMAX

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 昨日は、サンバカーニバルの事務所開きに行く途中で、新しい写真機のテスト撮影です。

 台東区民館にて、浅草サンバカーニバルの事務所開きでした。今年は、8月29(土)に開催が決定いたしましたよ。

Memo
Hasselblad X2DII XCD 4/28V