令和7年(2025)8月5日(火)旧暦閏6月12日 大安
今朝の撮影 Data SONY α1-2 SONY FE 24-240mm/F3.5-6.3 OSS iPhone 16ProMAX 現像 Adobe PhotoshopLightroomCC 撮影枚数672枚
- 炎天に焼ける雲見て思うこと この暑さでは鳥も溶けそう -
朝から容赦ない暑さが続いております。 地上ではセミが全力で鳴く中、ふと東の空を見上げると……、燃えるような朝焼けに照らされた雲が舞っておりましたよ。 その姿は、まるで太陽に向かって羽ばたく「火の鳥」。いや、もしかすると、あほまろが日々親しんでいるカラスたちが、朝の空へ自由に舞い上がっていった姿だったのかもしれませんね。とくに、あのキョエちゃんあたりが、勢いよく飛び立った名残のようにも見えてくるのでした。 自然が見せる偶然の美しさに、思わず足を止めてしまいますよ。 こんな空に出会えた朝は、きっと何か良いことが待っている、そんな予感がする一日のはじまりでございました。 「火の鳥か カラスが舞えば 朝の空 暑さ忘れて 夢ひとときぞ」(阿呆人也) 今日も、東京では最高気温が37℃と予想され、猛暑日となる見込みです。さらに内陸部では、なんと40℃に達するところもあるとか。これで全国の40℃超えは、4日連続という異例の状況ですよ。 現在、44の都府県に「熱中症警戒アラート」が発表されており、命に関わる危険な暑さが続いております。どうか皆さま、こまめな水分補給・適切な冷房の使用・無理な外出の回避など、熱中症対策を万全にしてお過ごしくださいませ。 「暑さには 気をつけましょう と云うけれど 涼しき部屋が まずは無ければ」(阿呆人也) 今朝、あほまろはネットの片隅で、こんな記事に目を奪われましたよ。 「ヨーロッパでは見たことがありません」――と題された、イタリア人女性が初めて日本を訪れて驚いたという内容の記事でした。 曰く、「家がいろいろな形をしていて、ふぞろいで不均一。整っていないと感じました。古い家と新築が隣り合って、同時に存在しているように見える」とのこと。 なるほど、ヨーロッパでは街全体が歴史という設計図のもとに統一され、色や高さ、屋根の勾配に至るまで美しく調和しているのが当たり前。だからこそ、日本のように“時代の寄せ鍋”のような街並みは、彼女の目に奇異に映ったのかもしれませんね。 たしかに、あほまろもかつて幾度となくヨーロッパを旅しました。イタリア、ドイツ、フランス等々、どこもこれ見よがしに風格をまとい、写真にすればそのまま絵葉書になる美しさ。なかでも、オランダの運河沿いにずらりと並んだ、まるで積み木のような三角屋根の街並みには、心を奪われた記憶があります。日本人の目に映ると、それはもう童話の世界。街全体が舞台装置のようでしたよ。 しかしです。「ふぞろいで不均一」と聞いて、あほまろは思わず反論したくなりましたよ。それを「整っていない」と言ってしまっては、日本の町が泣きますよ。 むしろ、その“ごった煮感”こそが、日本の街の魅力なのですから。 そもそも、日本の街並みには“時代の層”が折り重なっているのです。明治の蔵の隣に令和のタワマンが建ち、大正の町家の向こうに平成のコンビニが派手な光を放つ。それらが不器用に、しかし誠実に共存している。その姿は、まるで時間のレイヤーを街角に貼り重ねた“生きた歴史絵巻”なのです。 今朝の空に浮かんだ、ふぞろいな雲をご覧なさい。 大きいの、小さいの、ほつれたの、重なったの――どれ一つとして同じ形はありません。それでも、全体としては見事な調和を保ち、朝焼けに照らされる様は、それはもう、息を呑むような美しさでしたよ。 つまり、“不均一”というのは、“無秩序”ではありません。 日本の街もまた、自然と同じように、雑然としながら調和し、混沌の中にこそ美を宿しているのです。建築美に秩序を求めるのも結構ですが、秩序を逸してなお美しいという境地もまた、趣深いではありませんか。 それに、統一感ばかりを追い求めていたら、あほまろのような人間は、きっとこの国からはみ出してしまいますよ。 「不揃いであることは、個性である」。 「混在していることは、共生である」。 そう教えてくれるのが、この街であり、今朝の空なのです。 「そろわぬが なぜか落ち着く 町の景 雲も家屋も それぞれの美」(阿呆人也) おはようございます、キョエちゃんママ。 今朝も、あほまろが浅草神社の鳥居前に近づくと、草むらの中からそっと姿を見せてくれましたよ。 先日の花火大会の境内には、いつになく多くのカラスたちが集まっていたようです。きっと、残された食べ物の匂いに誘われてのことなのでしょう。けれども、その賑わいの裏で、キョエちゃん親子の静かな日常が奪われてしまっていたのです。 あろうことか、浅草神社のテリトリーが“占拠”され、いつものように鳥居の中には入れなくなってしまったのですよ。 それでも、ママはけなげでした。 鳥居前の草陰で、じっとあほまろの到着を待ち、やがて掲示板の上へ飛び乗って、見せてくれたのが、胸元の傷。 そう、あの痛々しかった箇所に、ようやく、うぶ毛のような羽根の芯、「羽軸(うじく)」が整いはじめていたのです。 昨日、専門家の方から教わったその言葉を思い出しながら、あほまろはママの姿を見つめていました。新しい羽根の芽吹きは、まるで希望のしるしのよう。もう少しで、きっとまた、あの美しい漆黒の装いが戻ってくることでしょう。 一方、キョエちゃんはというと、浅草寺の二天門の屋根の上で元気に鳴いておりましたよ。しかもひとりではなく、二羽の仲間を引き連れての姿。どうやら彼らもまた、あの“カラス騒動”で居場所を追われてしまった同志なのです。 こうして見れば、キョエちゃんも、ただ追われる存在ではなく、新たな絆を結ぶ力を持っていたのかもしれませんね。 小さな群れとなって、屋根の上で声を交わすその姿に、あほまろはひとつの物語の始まりを見るような気がいたしました。 マの傷が癒え、キョエちゃんに新しい仲間ができて――また、ふたりの日常が穏やかに戻ってくることを、心から願っております。 この街と同じように、少しふぞろいで、不均一で、でも確かに愛しい、あの朝の風景とともにね。 今朝の日の出は午前4時52分。 カラスたちが縄張り争いで賑わう中、ビクトリー君だけは、どこ吹く風とばかりに、あほまろを見つけて、いつものように静かに舞い始めましたよ。 さながら、騒がしき地上を忘れたような自由の舞。 ひとたび羽ばたけば、空気が変わり、時間さえもゆるやかに流れ出すのです。 どんな時でも、どんな場所でも、自分のリズムを崩さない。誰とも争わず、誰にも媚びずにね。 それでいて、あほまろのカメラの前では、しっかりとその美しいフォームを見せつけてくれるのですから、実に不思議なハトですよ。 もはや彼は、平和の象徴などという凡庸な言葉では語りきれません。 ビクトリー君は、もはや“自由”そのものの象徴。 この街に舞い降りた、ひと羽根の詩であり、朝の空に描かれる書かれざる書。 多くを語るよりも、ビクトリー君そのものが語ってくれるのです。 一枚一枚の写真が、その羽ばたきの記録であり、静かな叫びなのですから。 そして、締めくくりに一首、ビクトリー君のための狂歌を。 「空見上げ 群れを離れて 舞うひと羽根 争わぬこと 勝利と知れり」(阿呆人也) ハートちゃんは、マンホールの上でポツンと立ち止まり、目はうっとり、首はかしげ気味。舞い飛ぶビクトリー君を見上げるその眼差しは、まさに「憧れ」の一語に尽きますね。 早く僕もあんなふうに飛べたらな…… 合歓の花。 おはよう守護さんと益美さん。 今朝もビクトリー君とツーショット。 おはようございます。今朝は開門2分半前にやって来た野崎さんと高橋さん。 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。 日本のナイチンゲール、瓜生岩子像。 夏の境内をご覧下さい。 メイプルリーフ。 ソメイヨシノ。 昨年から落ちずに、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの一枚の葉。 「散りそびれ 時の流れに 抗(あらが)いて 幹しがみつく ひとひらの意地」(阿呆人也) 奥山のサルスベリの花。 今日も東京では最高気温が37℃と予想され、猛暑日となる見込みですよ。 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしたいけど、サンバカーニバルの報道説明会なのです。 ------------------------------------------------------- 夕べの睡眠は82%でした。 おはようヒロちゃん。 今朝の朝の朝食は、野菜とトウモロコシとパン。デザートはブルーベリーとシャインマスカット。 妻のコレクションは、千草ちゃんと音威子府の春さん。 昨日の東京スカイツリー。 しゅと犬くん。 あほまろお帰りなさい。 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、餃子とトウモロコシと豆と、納豆ご飯。デザートはブルーベリーとシャインマスカット。 妻のコレクションは、音威子府の留さんとウメちゃんが、ヱビスと「黒佐藤」を飾ってくれました。 Memo iPhone 16 ProMAX