『つくづくと』
すっきりとしない空模様です。それもそのはず、午後からは雲が覆い雨がパラつく可能性もあるとか。そして、夜からは雷雨が襲って来るようですね。これじゃせっかくの週末も半減してしまいますよね。でも、あほまろはお出かけの予定無し、いつものように秘密基地に籠もって何かやっているのでしょう。
ナナちゃんの震え、まだ収まりません。昨日は、女房が病院に連れて行って様々な検査をしてもらったのですが、困ったことに原因は不明のままなのです。寒い訳でも恐い訳でも無いのに、今もあほまろの足元で、腰から後ろが小刻みに震えているのですよ。いったいこれからどうしたら良いのでしょうね・・・。いつも一緒なんだから、ちょっとだけでも喋ってちょうだい。

世の中ハロウィンとかで騒いでますね。ハロウィンといったら西洋のお盆みたいな行事。この日の夜には、カボチャをくりぬいてランタンを作って、魔女やお化けに変装した子供達が家々回ってお菓子などをもらう習わしがあるのですが、それはあくもでも西洋でのこと。最近の若者たちは日本のお盆を祝うことも無くなってしまったというのに、ど〜して西洋のお盆に大騒ぎをするのでしょうね。
例年、電車の中で返送した若者たちが大騒ぎをしていることで、JR各社は特別警戒をするとのことが報じられています。みんなに迷惑をかけるような行為をしたいのなら、西洋に行って騒いでもらいたいですね。西洋では、今夜だけはどんなに騒いでもお咎めは無いようですから。
昨日は、エビススタジオで開催された「フォトxプリントフェアー」に行ってきました。広告写真のほとんどがデジタル化されてしまい、長年親しんで来た印刷技術もデジタル処理に特化しなければいけません。そんな時代の最新技術で、デザイン・撮影から印刷までを一本で結ぶことで、クリエーティブな品質をトータルで管理できるシステムを構築しようとの展示会です。
4〜5年前から、あほまろの現場も総てデジタルになってしまいました。しかし、簡単に処理ができるようになってしまうと、総てが安易になってしまった懸念も指摘されています。それもそのはず、携帯電話で撮ったような写真であっても、簡単な加工処理で印刷物に使えてしまうのですからね。
デジタル技術で作業が簡単になったぶんだけ、画像の作成には力を入れなければいけないのです。そんな当たり前のことを再認識させられたようです。
会場には、印刷に適したカメラが多数並べら、実際の撮影データをハイレベルな画像処理で確認できるようになっていたのです。その中に、先日発表されたばかりのライカS2がありましたよ。日本にはこの一台しか無いとのことでしたが、まだプロトタイプのようです。
CCDのサイズは30×45mmの大型センサーを搭載してますので、面積でフルサイズの約1.6倍だそうです。画素数は3,750万ピクセル、それでいて、いつも使っているカメラとたいして変わらない大きさなんだよな・・・。なんだかスッゴイって感じのカメラ、手にとって撮影を試しながらも、ハイレベルな画像処理時代に突入してきた実感が沸いて来るようでしたよ。

あほまろの映画の次回作、キャノンの一眼レフカメラで動画撮影をするつもりです。そのためには、ちっちゃいカメラが、こんなごっつい状態になってしまうんですよ。
次回作は、あほまろの朝の日記のスチール写真を多様した構成になるのです。それで、毎朝、重たくてもフルサイズのカメラを持ち歩いているのです。同じカメラを使うことで色調整が楽になると考えたもので・・・、本当にうまく行くかどうかは、これからのテスト撮影で決まるんですけどね。

デジタル時代になっても、カラーチェッカーは必需品。今まではA4サイズでしたが、手札サイズの携帯用の新製品も登場しました。ただ、カラーバランスチェックをするだけじゃなく、付属のソフトを使うと自動でカラーバランスを補正してくれる機能も持っているのです。これは、絶対に買いだよね。

今朝の日の出は午前6時1分、雷門前には5時40分に着いてしまったので、朝焼けにはちょっと早かったようですね。

しかし、浅草寺の開門時間前に数カ所の定点ポイントを巡らなくちゃいけないので、これからますます暗くなってしまうんでしょうね。

感度を上げてもこんな感じです。


『東京スカイツリー』
昨日より一段高くなりましたね。


散歩帰り。

「和みのぽち袋と絵封筒」展
遊び心たっぷりの「ぽち袋」の世界です。
これっぽちの小ふくろの中に凝らされ、思いもつかない粋なおもしろさに出会えるでしょう。 ぽち袋は小さいので、当然、中い入れるお金もちっちゃいのです。
誰が名付けたのかは知れませんが、「これっぽち」の「ぽち」から派生した言葉じゃ無いのでしょうか。
冠婚葬祭で使われる熨斗袋と違い、非公式の場所での使用に限られているため、めちゃくちゃ粋に洒落た小袋は子どもたちへのお年玉、またお使いのお駄賃など、立場が上の者から下の者にしか使うことが出来ないのが「ぽち袋」なのです。
それまでの心付けは、懐紙に包んだお捻りだったのですが、このぽち袋に変わっていった背景には、郵便制度の導入が大きく関わっているのです。我が国では古来から文章の秘密を保持する手段として紙で包んだ手紙を封紙などで封じて渡していたのでしたが、明治四年に郵便業務開始に伴って郵便局が開設、切手と共に封筒も売られたのです。
ぽち袋が始めて市販されたのは、明治15年、日本橋の和紙店「金華堂」で、それまで和紙の包みであった大入り袋の封筒版でした。その後、東京の和紙屋の「開運堂」、「榛原」、京都の「さくら井屋」などからも次々と洒落た袋が売り出され、全国に普及していきました。それに端を発したのが千社札の交換会から派生した、ぽち袋交換会でした。大正8年5月、浅草仲見世中正倶楽部開催の「江戸会」にて、始めて開催され、凝った意匠のぽち袋が登場したのも、その頃からではないでしょうか。
これっぽちの気になる小ぶくろをお楽しみください。

会場:テプコ浅草館 協力:江戸ネット
会期:2009年9月15日(火)〜11月15日(日)
休館:毎週月曜日(月曜日が休日の場合は翌日)
電話:03(5827)3800
入場無料 |