おはよう、ビクトリー君。
今朝も日の出前の薄暗い境内で、ビクトリー君があほまろを見付けると、どこからともなく羽音を立てて飛んで来てくれましたよ。
まだ空には十分な明るさがなく、飛んでいる姿を写真に収めるのにはひと苦労です。
それでも、こちらに向かって翼をいっぱいに広げ、そのままあほまろの手に舞い降りてくる姿を夢中で追いかけました。暗いながらも現像でなんとかなったので、まずはひと安心でしたよ。
毎朝のこととはいえ、あほまろを見付けて自分から飛んで来てくれるのは、やっぱり嬉しいものですね。
言葉を交わすことはできませんが、「おはよう、今日も来たよ」とでも言っているような顔をしております。
ひとしきりあほまろの周りを飛び回った後は、いつものように手水場へ向かいました。
どうやら朝一番のお水をいただくつもりだったのでしょう。
ところが、今朝はまだ早過ぎました。手水場のお水はまだ出ておりません。
水のない手水場の縁にとまり、「あれ、お水はまだですか」とでも言いたげに、しばらく辺りを見回しておりましたよ。せっかく飛んで来たのに、これではビクトリー君も当てが外れてしまいましたね。
日の出前の浅草寺で、毎朝繰り返される、あほまろとビクトリー君の小さな朝の挨拶。観光客で賑わう昼間には決して見ることのできない、これもまた「浅草の朝が深い」と感じるひとときなのですよ。
辺りが少しづつ明るくなってきたので、お水が出るまで、あほまろと遊んで切れました。
おはようピースちゃん。
境内が少しずつ明るくなってくると、いつもの仲間たちも集まって来ましたよ。
ところが、最近ちょっと気になることがあるのです。今朝もハート君がビクトリー君に近づき、どういうわけか威嚇するような仕草を見せていたのです。
ビクトリー君も争うつもりはないようで、ハート君の様子を見ると、今朝はさっさとその場を離れて飛んで行ってしまいました。
鳩の世界にも、縄張りや順位、相性など、我々には分からない事情があるのでしょう。もしかすると「あほまろに近づき過ぎだぞ」なんて、焼きもちを焼いているのかもしれませんよ。もっとも、本人たちに聞いても、クルックーとしか答えてくれませんけどね。
毎朝同じ場所に集まる鳩たちですが、よく観察していると、その関係も少しずつ変化しているようです。仲良くなったり、距離を置いたり、ときには威嚇し合ったり。人間の世界とそれほど変わらないのかもしれませんね。
それにしても、最近どうしてハート君とビクトリー君は仲が悪くなってしまったのでしょう。
あほまろには分かりませんが、明日の朝になれば、また何事もなかったような顔をしてやって来るのでしょうね。そんな小さな変化まで毎朝見届けられることも、長く同じ場所を歩き続けている楽しみのひとつなのでありますよ。
みんなが居なくなって静かになった頃、今度はレインボーちゃんがやって来ましたよ。
いつもの場所に降り立つと、辺りをキョロキョロ。右を見たり左を見たりしながら、どうやら仲間たちを探しているようでした。
「みんな、どこへ行ったの?」
そんな顔をしているようにも見えましたが、残念ながらビクトリー君の姿もありません。
つい先ほどまでここに居たのですが、ハート君に威嚇され、争いを避けるように飛んで行ってしまったのですよ。
もし、もう少し早くレインボーちゃんがやって来ていたら、ビクトリー君もそのまま残っていたのでしょうかね。
毎朝ほとんど同じ時刻、同じ場所に集まって来る鳩たちですが、ほんの数分のすれ違いで、逢える日もあれば逢えない日もあります。人間なら電話でもメールでも「今どこ?」と聞けますが、鳩にはそんな便利な道具はありませんからね。
レインボーちゃんはしばらくその場に残り、誰かが戻って来るのを待っているようでした。でも、ビクトリー君は戻って来ませんでしたよ。
浅草寺の開門を待っていると、今朝はお父さんカラスの観太郎君が、ひとりで飛んで来ましたよ。
いつもの場所に降り立つと、
辺りを見回しながら、
「カア、カア、カア……」、どうやら妻の浅(せん)ちゃんを呼んでいるようです。
ところが、いくら呼んでも今朝は浅ちゃんが現れません。
「おかしいな、どこへ行ったんだろう」
そんな顔をしていた観太郎君は、とうとう待ちきれなくなったのか、浅ちゃんを探しに飛んで行ってしまいましたよ。
しかし、帰り道で浅ちゃんにも逢えました。
まずは、ライトの上に飛び乗って辺りを見回し、
いつもの瓜生岩子さんの銅像に飛び乗り、まるで「今朝も異常ありません」と報告でもするように辺りを見回しております。
そして観太郎君も戻って来て、
夫婦揃って瓜生さんの周りを警固です。
これで今朝も、瓜生岩子像の警備体制は万全ですね。
ちなみに、この二羽の名前は、浅草の「浅」をいただいて浅(せん)ちゃん、観音さまの「観」をいただいて観太郎君。あほまろが勝手にそう呼んでいる、観音裏で子育てを終えた仲良しカラス夫婦なのであります。
カラスなんて、どれも真っ黒で同じ顔に見えると思われるでしょう。しかし、毎朝眺めていると、それぞれにちゃんと個性があって、あほまろには遠くからでも見分けられるようになりましたよ。
観太郎君は、いかにもお父さんらしい精悍な顔つき。大きなくちばしに鋭い目の周りが黒。辺りを見渡す姿には貫禄があります。
一方の浅ちゃんは、観太郎君に比べると目つきがどことなく優しく、首の辺りに黒茶色が混じって見えるので、それが見分ける目印になっております。
人間だって毎日顔を合わせていれば、遠くから歩いて来る姿だけで「あ、あの人だ」と分かるものです。カラスだって同じことなのでしょう。長く付き合えば、黒一色の羽の中にも、それぞれの顔や性格が見えてくるのですよ。
浅ちゃんのお目々の周りが白、首筋野色が黒茶色ですよ。
そして今朝の観太郎君、今度は瓜生さんのお花を入れる水の中に何やら気になるものを見付けたようです。
くちばしで拾い上げては、ひとつ、またひとつと並べておりました。
「何か食べ物でも見付けたのかな」
と思って眺めていたのですが、どうやら食べられるものではなさそうです。それでも観太郎君は気になるらしく、拾っては置き、また眺めております。
もしかすると遊んでいるだけなのかもしれませんね。
カラスは賢い鳥ですから、人間には意味の分からないことにも、彼らなりの楽しみや理由があるのでしょうね。
瓜生岩子さんの銅像の前で、夫婦揃って辺りを見張ったり、水の中から妙なものを拾って並べたり――。
今朝も浅ちゃんと観太郎君は、頼まれてもいないのに瓜生岩子像の警備に大忙し。もちろん報酬はありません。
それでも毎朝きちんと出勤してくるのですから、なかなか勤勉な警備員なのでありますよ。
観太郎君、浅ちゃん、今日も瓜生さんをよろしくお願いしますね。