令和8年(2026)4月5日(日) 旧暦2月18日 先勝
今朝の撮影 Data SONY α1 II Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG iPhone 17ProMAX 現像 Adobe PhotoshopLightroomCC 撮影枚数696枚
- 散る花に 年を重ねてなお願う 明日も咲けよと人のあだ心 -
昨日から降り続いていた雨は、夜半には静かにその役目を終え、今朝の浅草には、どこか洗い清められたような空気が漂っておりました。外気温は17℃。春というよりも、むしろ初夏の入口にそっと足を踏み入れたかのような、やわらかな暖かさでございます。 あほまろはいつものように早朝の境内へ足を運びましたが、空はどんよりとした雲に覆われながらも、気温はぐんぐんと上がる気配。日中は25℃を超える夏日になるとのことで、どうやら季節は律儀に順番を守る気など最初から無いようでございますね。春と夏が肩を並べて歩いている、そんな不思議な一日になりそうですね。 それでも、昨日の雨に打たれながらも、ソメイヨシノは思いのほか踏ん張っておりました。本日の休日は、多くの方にとって“名残りの花見”となることでしょう。満開を過ぎ、葉が優勢になりつつある影向堂の桜も、まだ八割ほどは花を残し、最後の舞台を懸命に務めているように見えました。 しかし、ほんのわずかな風にも、花びらはためらうことなく空へと舞い上がり、やがて池へと静かに落ちていきます。そのたびに池の鯉たちは、まるで待ち構えていたかのように群がり、ひらひらと落ちる花びらを追いかけておりました。餌と勘違いしているのか、それとも季節の移ろいを味わっているのか――その真意は鯉のみぞ知るところでございますが、その様子はどこか滑稽でありながら、妙に風流でもありました。 そんな光景を前にして、あほまろはふと、自分自身もまた、風に乗って舞う花びらの一枚になったような気分になり、ズームレンズ越しにその儚い瞬間を追いかけておりました。 散りゆく花を見つめておりますと、自然とあの言葉が胸に浮かびます。 「散る桜 残る桜も 散る桜」 今、美しく咲いているものも、やがては散りゆく――そんな当たり前でありながら、なかなか受け入れ難い理を、良寛和尚はあまりにもあっさりと言い切っておりますよね。 さらに思いは巡り、親鸞聖人の 「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」 というお言葉にも行き着きます。 “明日がある”と思うその心こそが、実はもっとも頼りないものなのかもしれませんね。そう考えますと、今こうして歩き、見て、感じているこの一瞬が、どれほど貴重なものか、改めて身に沁みてまいりましたよ。 仏教の教えには、「花びらは散っても花は散らない」という言葉もございます。形は変わっても、その命の本質や輝きは、どこかで受け継がれていく――そう思えば、散ることすら終わりではなく、次への橋渡しなのかもしれません。 さて、あほまろは明日、79歳の誕生日を迎えます。よくぞここまで生きてこられたものだと、他人事のように感心しつつ、せめてあと一年、「傘寿」の門をくぐるまでは何とか持ちこたえたいものだと、密かに願っております。 もっとも、「明日がある」と思うこと自体が危ういと教えられたばかりですから、これはなかなか都合の良い願いではございますが――人間とは、なかなかに往生際の悪い生き物でございますね。 それでも、今この瞬間をどう生きるか。過去に積み重ねてきた経験を、どのように未来へつないでいくか。そんなことを考えてみても、自分一人ではどうにもならないことばかりでございます。 結局のところ、人は人に支えられて生きている。だからこそ、あほまろにとって、さまざまな方々と出会えるこの早朝散歩は、何よりも大切な時間なのでございます。これだけは、どんなことがあっても続けていかなくてはなりませんね。 舞い散る花びらを眺めながら、今朝はそんな取り留めのない思いにふけっておりました。 そして、良寛和尚の句に誘われるように、あほまろもまた、ひとつ狂歌を詠んでみたくなりました―― 「散る花に 年を重ねてなお願う 明日も咲けよと人のあだ心」(阿呆人也) 今宵の月は「居待月(いまちづき)」。その名の通り、少し遅れて現れる月を、じっと待つひとときでございます。 厚い雲に覆われた空の中、あほまろも半ばあきらめかけておりましたが、ほんのわずかな雲の切れ間から、まるで気まぐれのように一瞬だけ顔を覗かせてくれましたよ。 待たされた分だけ、そのひとときの輝きは格別で、思わずシャッターを切る指にも力が入ってしまいました。まさに、「待つ楽しみ」を教えてくれる月でございますね。 浅草寺の裏広場には、表参道の賑わいがまるで嘘のように、観光客の喧騒も届かぬ静寂の空間がひっそりと広がっております。 あほまろにとって、ここはまさに“とっておき”の場所。足を踏み入れるたびに、時間の流れがゆるやかにほどけていくような、不思議な感覚に包まれるのです。 今朝の日の出は午前5時22分。雷門前:4時20分。 宝蔵門前のシダレザクラは、ほぼ散ってしまいましたよ。 ハナカイドウは満開を保っておりました。 ボケの花。 境内の河津桜。賑やかな花の季節が過ぎると、今度は命をつなぐ実の季節がやってくる――。自然はこうして、同じ枝の上で次の営みを静かに始めているのでございますね。花の盛りはあっという間。 今年は開花が遅かったので、浅草神社のソメイヨシノはまだ満開を保っておりました。 おはよう陽子さん。 おはようございます。今朝は5分前にやってきた、山本さん、陽子さん、野崎さんと高橋さん。 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。 奥山の奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。 春の境内をご覧下さい。 散り始めた影向堂のソメイヨシノ。 イロハモミジはやわらかな若葉が増えてきましたよ。 定点観察を続けているソメイヨシノの、可憐な幹桜。あほまろはこの幹桜がことのほか好きで、毎朝その様子を欠かさず見届けているのでございます。 昨年から落ちずに、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。いったいどこまで踏ん張ってくれるのかな、頑張ってください。 「散りそびれ 時の流れに 抗(あらが)いて 幹しがみつく 意地の四枚葉」(阿呆人也) 境内の木々はすべて伐採され、いまは一帯を平らに整える整地工事が進められております。かつては木々に包まれたつつじのあの場所も、いまやその面影はすっかり消え失せ、広々とした空だけが静かに広がっているのでございます。 今日のあほまろは、都内のどこかにそっと身を置き、ひとり静かに“最後の桜”を味わってみたいと思っております。 人の波に紛れて愛でる花もまた一興ではございますが、散り際の桜というものは、どうにも人目を避けて向き合いたくなるものでございますね。 ------------------------------------------------------- 夕べの睡眠は95%でした。 おはようヒロちゃん。 今朝の朝の朝食は、肉と野菜とタマゴにクルミパン。デザートはイチゴにキュウイ。 妻のコレクションは、ペコちゃんと祥子さん。 昨日の東京スカイツリー。 あほまろお帰りなさい。 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、娘が出かけるので、あほまろの誕生日の前祝で、久しぶりに近所の寿司屋さんから出前一丁しました。 妻のコレクションは、モミジちゃんとツバキちゃん。 娘からの誕生祝。 ケーキも食べました。 Memo iPhone 16 ProMAX