寄席さんぽ2002年六月上席

  世間が何やら騒がしいのは、ワールドカップが開幕したせいだろう。池袋駅に降り立つと、英語や韓国語のアナウンスがうるさいぐらいに流れ、ホームにはいつになく外人が目立つ。ガイジンといっても、西口北口方面でおなじみのラテン系おねーさんではない。北欧系の背の高い白人。おそらく、埼京線に乗って「さいたまスタジアム」にいくのだろう。日本人ですら道に迷う中途半端な立地で知られる難易度の高い競技場である。はたしてちゃんとたどり着けるか心配しつつ、地下構内の「染太郎」の売店(こんなのいつできたんだ)で「いなり寿司」を購入し、池袋演芸場へ急ぐ。サッカーの熱気渦巻くさ中、「のほほん寄席」を見物にいくワタシ。だって小せん師匠はワールドカップにでないんだもーん。がんばれ、ニッポン!がんばれ、ペペ桜井!

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六月二日(日)

 <池袋・昼席・のほほん寄席>

 初花:道灌 喜せん:うなぎや 静花 小団治:桃太郎 歌武蔵:たらちね 亀太郎 勢朝:紀州(一朝代演) 小燕枝:ちりとてちん(小はん代演) 仲入 三三:釜どろ 白鳥:アジアそば 川柳 ペペ桜井 主任=小せん:たいこ腹

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 前座の初花、エラは張っているが、噺は平板である。「道灌」の隠居がひじょーにロー・テンションで、入ったばかりなのに眠くなった。サゲの「歌道にくらい」もモゴモゴ口調で聞き取りにくいぞ。前座はなんにせよ、声を大きく、ね。

 「ながいさんは喜せんにそっくりだよね」と会うたびに太助(オレじゃねーぞ)がいうので、二ツ目の喜せんをジーッと見つめてみたが、特別の恋情は・・、じゃなかった特別似てるとも思わないのだが。いかがなものだろうか。

 「ここは昼夜入れ替え無しですから、みなさん、お尻の皮が破けるまで見てください。ワールドカップ、始まりましたね。アタシ、四年前に二ツ目の披露目をやったんですが、そん時の祝儀をかき集めてフランスにワールドカップ見に行っちゃった」とヘラヘラ笑う喜せん。この人、ちょっと舌足らずヘナチョコな印象があったのだが、久しぶりに聞くと、ずいぶん落ち着いている。ヘナチョコな口調は変わらないのだが、自信を持ってしゃべっているので、こちらも安心して聴けるのである。

 「みなさん、今日のトリ、知ってますか?『柳家小せん? この前死んだ人じゃないの?』って、生きてますからねー!生存を確認して帰ってくださいねー」

 本題の「うなぎ屋」も明るく、しっかりしている。頼もしいヘナチョコぶりである。

 小団治の「桃太郎」は、けんこんぼうりょうさいの作だという。あえて漢字を書かないので、知らない人は調べておくよーに。けっして変換がめんどくさいからじゃないぞ。

 小ぶりで細身の小団治の次だと、歌武蔵のデカさが際立つね。「たらちね」も漫画チックかつ豪快だ。

 「お前、かみさんもらわねーか?」

 「えっ!!かみさんっ!!!ほしいーーーーーー!!!!!」

 

 「隣のばあさーん、あっしんとこに、へへへへへっ、おかみさんが来るの」

 「うそだァ」

 「うそじゃねーよ、このクソッタレばばあ!」

 

 「今夜おかみさんが来るんだもんなあ。この部屋も掃除しとかなきゃ。布団がジメッとしてるね。(おそるおそる布団を上げて)おっ、キノコがいっぱい!シイタケ、しめじ、エノキにエリンギ・・」

 おーい、長屋にエリンギなんかねーぞー。

 

 「お耳触りとはお思いでしょうが、災難と思って」と亀太郎が三味線で「ラ・クンパルシータ」をひき出した。・・・災難なんだよな、ってウソですよー。しかし、この人、俗曲なのに、あんまし都々逸歌わないのね。「なんにも知らずに くるくるまわる 分割払いの洗濯機」なんて、親父さん(三亀松)ゆずりの文句を並べるなら、ちゃんと歌って見せてよ。これも父親が得意にしてた「のんき節」に、新しい文句を乗せているのはマル。

 お次は才気煥発、才能無駄使い(?)の勢朝。のっけからどんどん飛ばしている。

 「世間がサッカー、サッカーって騒いでるときに、よく来ましたね。ワールドカップにはカメルーンが出てますが、うちはカメ太郎がでます」

 「サッカーなんて毎日やるもんじゃないです。週に二回ぐらいでいい。シュウキュウ二日。・・・ハズカシイ」

 「今日はのほほん寄席ですからね。一所懸命やっちゃいけないんです。小朝がプロデュースしたんですけど、今日はバックレてます」

 「川柳師が昔、聖書を万引きしたんです。あのヨハネパウロ川柳が。そしたらね、神が夢枕に立って『許す』と言ったそうです。神は許しても、本屋は揺るさんぞ!」

 「鈴本の楽屋で、小せん師匠が前座に『のほほんってどういう意味?』って聞いたんです。そしたら、これが素直な前座で、『ぼーっとしてる、とか、ボケてるってことです』って答えちゃった。『オレ、今度それに出るんだよ』って小せん師に言われて、『それは・・・、みやびって意味じゃ』だって」

 本題の「紀州」に入っても脱線は続く。

「鳴かぬなら 自分で鳴こう ホトトギス・・、コレは猫八先生の句で。あそこんちの宗旨はホケキョです」

 「江戸城に向かう駕籠の中で、尾州候が何度もチラチラ紙を見てる。なんだろうと思うと、これが領収書。『上様』って」

 次の小燕枝「ちりとてちん」、うまいんだけど、とりたてて書くことがない。勢朝に振り回されて疲れたか、隣の席は爆睡中だ。

 後半一番手は三三の「釜どろ」。いくら泥棒の噺とはいえ、「ワタシがまだスーパーで万引きしてたころ・・」はまずいだろー。

 高座を下りる三三、途中で次の出演者の出囃子「白鳥の湖」が鳴りだし、ずっこける。入れ替わりに登場の白鳥は、そんなことには構わずに、得意の貧乏ばなしを連発だ。

 「五月三十一日の新潟駅、カメルーン対アイルランド戦があったんで、駅はガイジンだらけ。僕の行きつけの駅前の立ち食いそばにガイジンが並んでるんですよ。僕が『かき揚げ、玉子付』を注文したら、後ろできょろきょろしてたガイジンが『ワタシモ同ジ』だって」

 「友達のインド人のマホム君、ヒンズー教徒なのに牛丼屋でアルバイトしてるんです。『そんなことしてていいの?』って聞いたら、『ダイジョーブ、ウチの牛丼、牛肉使ってないから』」

 「池袋のビックリガードのそばに今でもあるんですよ。コールタールに塗り固められたメゾン中谷荘、平屋。僕がそこの窓はないけど床の間のある部屋に住んでたころ、ガラッと戸を開けたら、僕の部屋で知らないフィリピン人が二人、テレビを見てるんです。『集合場所はココデスカ?』だって」

 ネタは「アジアそば」。三代続く蕎麦屋のインド人がオカシイ。

 「オーマイ、アラー(ガットではないのね)。インドでは、神が見てるというのを、アラーみてたのね、といいます」

 

「私たち、観光ビザで二年しかいられない。ヤクルトのピッチャーより大変です」

 「パスポート、あるんだろ?」

 「五冊あるよ」

 

「会社勤めていた時、『お前インド人なら、空飛ぶじゅうたん乗ってこい』って言われた」

  

「ワタシ、笛吹くとソバ踊るね」

 「(ソバを平らげた客が)ごちそうさん」

 「おー、カワウソですか?」

 「おあいそだよ」

 「えーと、十六万・・」

 「十六万円―!?」

 「ルピーです」

 白鳥落語のガイジンは、とてもカワイイ。付き合いたくはないけど。

 つづく川柳は、白鳥が去っていった楽屋方向を見ながらぽつり、「ワタシも変わってるけど、アイツも変わってるねー」。若い真打に、妙な対抗心を起こすところがこのオジサンの可愛いところかもしれない。

 「アイツ、若い人に人気あるんだよ。ワタシは・・・、年配の人だな。ワタシもかつては最先端だったんでしよ。『ジャズ息子』なんてやって、マンボズボンにハイファイのステレオだろ。今の、白鳥だって?アヒルだろ、あいつは。上がり(出囃子)がチャイコフスキーだけど、太鼓たたきにくいって、前座が」

 話は白鳥からサッカーに転じ、そろそろ時間かと思ったら、「あたしゃ歌わないと下りられないんだよー」。無理やり甲子園に話を持っていって、いつものパフィーでサゲになる。もともと臨機応変の芸なのだが、今日のは構成も何もない、ただの行き当たりばったり。こういう人はボケてもわかんないよね、と不謹慎な発言でした。陳謝。

 「今日は肩の凝らない噺をしましょう。・・・うーん、お客様の日常生活とか。金持ちの話ですな」と、満面の笑みで客をヨイショするのは、本日のトリ、小せんのほほん大明神である。

 ネタの「幇間腹」も、「のほほん」の看板に偽りのない、まったりとした出来。日曜の昼下がり、うつらうつらしながら、愛すべきベテランの声に耳を傾ける。船頭さん、舟を上手にやっておくれ、舟から上がって一杯やって、という気分になるではないか。顔色もいいし、病気の話もきかないし、この人、ぜーーーーったい長生きするだろうなあ。

 で、陸に上がった僕がどうしたかというと、下戸だからペーイチひっかけるわけはなく、まだ明るい池袋の町をとことこと南へ。ビックリガード付近をぶらぶらしてたら、白鳥の貧乏時代(今はどうか知らないが)の住み家である「中谷荘」が簡単に見つかった。元は平屋だったのを無理やり建て増ししたような二階屋で、白鳥の話とはちがって、各部屋に窓はついているようだ。一階の中央に、通路がある。真っ暗でなにがあるのかわからないが、ここまで来たので、とりあえず向こう側まで通り抜けてみることにした。思い切って入っていくと(思い切らないと入れないような雰囲気なのだ)、狭い通路の両側に部屋の戸がある。ほとんど日がささないせいか、やや湿っぽい、すえた臭いの空気が淀んでいる。そのまま一気に通り抜けて、後ろを振り返ると、二階のとっつきの窓でランニング姿のオジサンが歯を磨いていた。新しいマンションに囲まれ、そこだけ時間が止まっているようにたたずむ中谷荘。白鳥の巣、ディープとしかいいようがない。

 気を取り直して、丸井の裏のイタリアの大衆食堂という感じの店で、ツナとブロッコリーのパスタを食う。若い客が多いのは、リーズナブルな価格設定と、量の多さであろう。隣のカップルがかぶりついている、てんこ盛りの「ワタリガニのパスタ」。こんど挑戦してみようっと。

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翌三日は、寄席の日。六月の第一日曜日なんという、ひじょーに覚えにくい日であるせいか、寄席の足並みがいまいちそろわないせいか、すれっからしの落語ファンの目を覚ますような特典がないせいか、年々、印象が薄まっている気がする。とはいえ、寄席の日のぐらいは、寄席が満員になってほしいというのも、ファンとして偽りのない志ん橋、じゃなかった心境である。仕事を早じまいにして、夕方新宿末広亭をのぞいてみた。

 「ながいさーん、今ごろ来たって立ち見よ~。二階も埋まっているし」と、モギリでおかみさんがうれしそうな顔をしている。

 平日の半端な時間に立ち見とは、予想外の事態だぞ。

 「今日はお客さんに寄席のウチワを配るでしょ。今年はホラ、小さん師匠の『たぬき』だから。みんな、それを欲しがってんのよ。中には『寄席はいいから、ウチワだけちょうだい』なんて人もいるわよ。さすがに今日は立ち見でも、お客さんは文句言わないわね~」

 立ち話をしている間も、どんどん新しい客が入ってくる。

 「今日は権太楼師匠が飛び入りで『奥飛騨慕情』を踊るんだって。まだ時間があるからって、今映画を見に行ってるの」

 いやはや何が何だかわからない。いつまでモギリにいては営業妨害だろう。いこかもどろか、うーん、この時間から立ち見はつらいな。他の寄席の状況も気になるし、ここは一つ、池袋演芸場に移動してみるか。

 ええと池袋へ行くには新宿三丁目から地下鉄にのって、いやいやJRの駅まで歩いた方が・・、ええい面倒臭い、張り扇をポンとたたいて、ハイ池袋到着。

 寄席の前で、進藤支配人が呼び込みをしていた。目があったとたん、「ながいさーん、立ち見だよ~」。げっ、池袋まで満員御礼か。

「今日は昼に百五十入って、夜も今百二十ぐらいかな。去年の昼・喬太郎、夜・志ん朝の時の延べ二百六十人がレコードだったんだけど、それを抜いたな。ウチワだけ、金出すからくれって人もいたよ」

ひやー、なんだか凄いことになってるぞ。浅草も回ろうかなと思ったけど、この調子ならあっちはもっと入っているに違いない。疲れたから中に入ろう。あ、立ち見だから、余計疲れるか。

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六月三日(月)

 <池袋・夜席>

 南喬:今戸焼 仲入 歌彦:宮戸川 文朝:居酒屋 和楽社中 主任=歌之介:お父さんのハンディ

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 「みんな、その気になれば来れるじゃないかー」と、上機嫌の南喬。問わず語りに、修業時代の思い出を語りだした。

 「金馬、小南、小さんと、アタシは三人の師匠を亡くしてる。そんなやつはいませんな。小南師匠とは三十何年もご一緒させてもらいました。・・・寄席の日だから話すけど、『だから何だ』と言われたら、それまでなんですが。いつだったか、八月に相模原で独演会があって、小南師匠のお供で行ったんです。その帰り、あんまり暑いので飲み物がほしくなった。

『何か冷たいもの、飲もうか』

『師匠、何にします?』

『ワシはコカ・コーラかな。お前は?』

『オレンジジュース、いただきます』

 で、自販機で買って、アタシがオレンジジュースの缶を振っていると、師匠もコカ・コーラの缶を振りだした。いいのかなーと思ったけど、アタシは根が利口だから、黙ってたんですよ。そしたら案の定、師匠が蓋を引っ張ると、プシューッって音がして、師匠の顔中ビショビショ。『お前が振るから、つられたんだー!』って、叱られました。」

 「もうひとつあるんです。京王八王子で小南独演会があった。やっぱり八月の暑い日で、帰り道、飲み物がほしくなった。『暑いなー。何か冷たいモノを』って、師匠がコーラで、アタシがファンタオレンジ。自販機に百十円入れたら、コーラが出てきて、金も戻ってくるんですよ。

『師匠、これ、壊れてます。金戻って来ますよ。』

『そうか、じゃあ、やっちゃえ、やっちゃえ』

 でも駅前ですからねえ。人が通るんですよ。

『師匠、見られたらやばいですよ』

『じゃあ、これくらいでよかろう』

 って、二十缶もって帰って来ました」

 なーんて、明らかに高座に上がってから思いついたような、でも聴いてる方はラッキーなマクラから、「今戸焼」なんて珍しくもちょーもない噺に入るんだから、もう。南喬はカワイイ。

と、「今戸焼」は短いからアッという間に終わってしまうと、アララもう仲入休憩かいな。多少出入りがあったので、なんとか隅っこに席をみつける。見渡すと、あちこちに知り合いの顔が見えるが、会釈だけでカンベンしてもらおう。池袋の座席は狭い上に付属のミニテーブルが邪魔になって、一度座ると外に出にくいんだもんねー。

後半の一番手は、二ツ目の歌彦。結婚したせいもあるのか、ちょっと太って、若旦那然とした風貌にちょっぴり貫録が加わった。この人のニンに合った噺「宮戸川」も快調。

「あたし、半ちゃんのこと好き!ぞうさんはもっと好きっ!」

松本引っ越しセンターのCMを盛り込む唐突さも・・・・いいのか?

文朝の「居酒屋」には、「出来ますものは~」の名調子で知られる先代金馬の口上はないのね。でも面白い。サゲがおげれつに、「番頭なべをくれ」「それはできません。番頭さん、おかまですから」。はは。

満員の客席を見渡したトリの歌之介がぼそぼそと話し出す。

「今日は寄席の日・・。明日は虫歯予防デーです。きっと歯医者さんが混むでしょう」

噺はいつもの「お父さんのハンディ」。考えたら池袋のトリでは、ここ数年、これしか聞いたことがない。息子の高校受験を祈願して、大好きなゴルフを断ったお父さんの禁断症状を笑うネタだ。

「キャディー、キャディー、おおキャディー、一年前はタマだったのにねえ、クラブハウスに入ったら毛皮は脱げ!」

「(カレーを食おうとして)スプーーーーン!」

 「(パンにバターをつけようとして)パターーーーー!」

 「(サンドイッチに手を伸ばして)サンドウェッジ!」

「よしおは都立、どこ受けたんだ?小金井?いい学校だ。男はみんな小金井に憧れるんだ。入学したら、会員だな」「生徒でしょ!」

 「よしおの成績はどうなんだ?数学は二学期が4で、三学期が2。イーグルだ~!」

 「えーと、数学が2で、英語が3で・・・全部足すと・・・パーだ。よしおはパーだ!」

 マンネリだなあと思いつつ、毎度同じ所で笑っている自分の、学習性のなさ、笑いの沸点の低さに感心してしまう今日このごろであった。

 終演後、西口商店街ロサ会館ならびのビルの最上階にある「銭箱」へ。あげぱんとイカの炒め、揚げ豆腐と海老の炒め、ニラ饅頭、小籠包に特製焼きそば。安直な店だが、安くて量があって、前座関係者にはお勧めかも。ランチもあるしね。

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六月七日(金)

 <末広亭・夜席>

 喬太郎:夜の慣用句(歌之介代演) 扇橋:田能久 仲入 市馬:長短 花島久美 馬の助:手紙無筆 権太楼:つる(さん八代演) 正楽:宝船・花嫁さん 主任=円窓:舞台落語「ほうじの茶」(金八:深川、馬の助:百面相、権太楼:奥飛騨慕情、市馬:相撲甚句、総踊り)

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 むやみに暑い金曜の夕方、別に進行表を作ったわけでもないのに、一週間分の仕事がぴたりと片づいたので、新宿の厚生年金会館ちかくにある、いきつけの床屋で髪を切った。おりしも時刻は六時を少し回ったところ、この時分に新宿あたりにいるなら、行くところは一つである。開店間もないのだろう、まだ妖しいオーラを発散していない二丁目の店店を横目で見ながら、新宿三丁目へ。末広亭は、歌之介の代演、喬太郎の高座が始まったばかりだった。

 寄席の日のにぎわいまでは行かないが、週末の夜だけに入りはいい。んじゃま、後ろの方の目立たない席に陣取ってと・・・・、あららら、席がないではないか。場内を見渡すと、前四、五列ぐらいはスカスカで、売りはぎっしりという極めてバランスの悪い客分布となっている。しょーがねーなー、このまま突っ立ってるわけにはいかんし、高座の途中だが前のほうに割り込むか、などと逡巡していたのがまずかったようだ。ハブの小噺を振っただけでそそくさと「夜の慣用句」に入った喬太郎に、しっかり見つかってしまったらしい。四列目、クーラーの風が直撃して顔がツベタイなーという席に着いたとたん、「ナガイ、ナガイ!」と高座から声がかかる。どうやら俗物課長のお供で「つぼ八」に来た軟弱社員の一人に組み込まれてしまったらしい。

「ナガイよ、こないだ平日の昼間、会社をさぼって新宿末広亭にいたろ?お前はまた、しょっちゅういってるんだ。何、行ってません?行ってた!ワタシも居たんだよ!気が付きなさい。あんな人口密度なんだから」

どんな顔をして聞けばいいっちゅーんじゃ、本人は。

喬太郎の攻撃を何とかしのいで、扇橋のホノボノ「田能久」でようやく和んだら、もう仲入休憩。最近、このパターンが多いなあ。もっと早く来なくちゃとは思うのだが。

後半一番手、市馬が満面の笑みで登場した。

「えー、お客様もそろそろ退屈するころだから、この辺で楽屋で一番いい男を出そう、じゃあ、お前行け、てなことで出てきたんですが。ま、それでこの程度ですから」

このごろずいぶん明るいなあ。何かいいことがあったのかしら。ネタの「長短」も快調。気の長い方の長さんが、田舎者でも無粋な人でもなく、ちゃんと江戸っ子になっているのがうれしい。

奇術の花島久美は、初めて見る顔だ。ねじり鉢巻き、はっぴに黒のモモヒキ姿。ずーっとニコニコ笑っている。若作りだが、それほどでもないかな。

「いらっしゅませ~!アタシたちには、それぞれいろんな役目があるんですよー。今日も楽屋で言われました。(いきなり大声で)久美ちゃん、(客を)ちゃんと起こして来るんだよー!!!って」

あー、うるせー。マジで目が覚めちゃったじゃないか。マジックをやりながら自己紹介をしてくれたが、それによると、じいちゃん、ばあちゃんが「タカハシコージ、コーギク」(漢字がわからん)という漫才師で、本人は今、「めざましテレビ」のマジックコーナーにレギュラー出演(ぬあんと午前四時五十分から!)しているのだそうな。元気一杯の高座を、「すみえ流」南京玉すだれで締めくくって、ハイテンションのまま高座を下りた。なんだかこっちも疲れたりして。

続く馬の助、噺の後に百面相をやらないのは、トリの「舞台落語」のためにとっておくのね。

権太楼はいつものツカミから。

「モノにはホドがある。ホドというのは、八割です。寄席だってそうなの。・・・八割の次にいいのは六割です」

後ろを振り返らなくても、現在の入りがわかるのがありがたい。

「六月四日、日本~ベルギー戦、やってましたね。・・・末広亭もやってたんです。閑古鳥もこない~」

こんな自虐マクラから「つる」に入って、本題は大笑い。「つる」なんて噺で場内をひっくり返せるのは、この人と、最近新作派だか古典派だかわかならくなっている昇太ぐらいではないだろうか。

トリの円窓、舞台落語がこの芝居の呼び物である。

焙じると、芸人が出てきてお好みで芸を見せてくれる不思議なお茶。「法事の茶」という珍品を立体落語化する、つまり本物の芸人を何人も登場させ隠し芸を見せるという趣向である。ゲストの芸の良しあしで、その日の出来が決まる。客にとっても、どういう日に当たるか、ギャンブル性もあって面白いじゃないか。

 さて、本日はどうか。

 まずは円窓がしゃべり出す。当たり前か。

「この企画、始まってから気が付いたんですけど、サッカー(のW杯)と重なってしまって。ことによったら、お客さん来ないんじゃないか、それより心配なのは出演者が来ないんじゃないかと」

「『法事の茶』は、円生から雑談の中で『アタシはやりませんけど』って、教わった噺。もともと音曲噺なのですが、アタシが音曲やりませんから、ものまねでやってたんです。宮尾たかしの親父さん、先々代のつば女師匠がやってたと聞いてますが。奇しくも今日は円生の・・・・・、何でもない日ですが、あの世で円生も聞いていることでしょう」

いよいよ円窓が茶を焙じ始めた。さて出てくるモノは・・。

まずは、金八の踊り「深川」。たどたどしいが、愛嬌がある。

お次は、市馬の相撲甚句。「ほんのひとっぷし」といいながら大熱演。いやはや、噺家にしておくのがもったいないね、この人は。

三番手は、馬の助の「百面相」。ビールの蓋を目に当てた「修業姿の達磨大師」がオカシイ。

で、その後が本日のメーンイベントか、権太楼の「新舞踊」である。

「変わった踊りです。『奥飛騨慕情』をやりますが、歌は何でもいいんです。筋だけ覚えてください。お米をとぎ洗いするんです。米びつを調べて、といで、とぎ終わってああウレシイ。それを一番は男ぶりで、二番を女ぶりで。曲はなんでもいいんです。では、みなさんを末広亭から、十条の篠原演芸場へお連れします~」

内容は、その通りの踊り。くねくねした女踊り、「睨み返し」の主人公みたいなコワモテの男踊り。いやあ笑った笑った。わかりやすくて、ばかばかしくて、でもオカシイ。文字通り腹を抱えた。これが次代の落語界を担う男かというようなことは、このさい考えちゃダメ。もう、わらうしかないのだ!

さんざ笑った後は、馬桜、吉窓、喜せん、窓輝、金兵衛、久美で総踊り。総踊りだからそろう、というものではないことを実感してお開き。普段はおそらく権太楼のところに、さん八が入り、例の「やんごとなき人々」のモノマネが入るのだろうか。あくまでも演芸の延長だから、ぶっとんだ出し物なんてのはアリマセン。若い人には物足りない部分もあるかも知れないが、面白ければいいって何でもアリにしたら、寄席の風情はなくなっちゃうよね。寄席の大喜利としては、まず合格といってもいいだろう。しかし、権太楼の新舞踊、どこで覚えたのだろうか。またどこかでやらないかなあ。

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六月十日(月)

 <フレッシュ競演会>(横浜にぎわい座)

 ど・と つくし:イマイチの人 ニックス 昇輔:鉄道天誅隊 かくれんぼ 陽司:講釈「パレスチナ問題」 喜助:四段目 遊平・かほり:補導出演

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 せっかく横浜に寄席が出来たのだから、若手の育成もやりたいよね。という、真っ当な方針で始まった若手バトルの二回目。漫才も講談もコントも落語も一緒に審査するというのは、極めて難しく、毎回審査はよじれによじれる。審査過程を明らかにするわけにもいかないので、結果だけね。

 優秀賞は、喜助の「四段目」。知らない若手の芸を次々に聞かされてやや疲れ気味の客の前で、シブイ噺に真正面から取り組んで、きちんと笑いと共感を勝ち取った。出演者の中では、喜助の技量がずぬけていたといっていいだろう。

文句ナシの受賞だから、今回は審査が楽だったかというと、実はけっこうもめたのであった。喜助については文句はないが、「もう一組、ニックスの面白さが捨てがたい」という声が強かったのである。若い姉妹のコンビで、テクニック的にはまだまだなのだが、とにかく勢いがあって、芸も明るい。思い切り風呂敷を広げれば「平成の海原千里・万里」になるのではないかという、逸材の予感がするのだ。ニックスは捨てがたいが技量としては喜助がはるかに上。もめにもめたすえ、ニックスには、実はそんな賞はないのだが、「奨励賞」をあげちゃうことで話がついた。予算の厳しい「にぎわい座」スタッフのみなさん、余計な金を使わせてごめんね~、というところで、六月上席のさんぽ、めでたくお開きである。めでたくもないか。

 

つづく

 

 


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