寄席さんぽ2002三月下席

 この原稿をいつ書いているかはともかく、三月も早や下旬に入った。今年の春はほんとうに暖かく、あちこちで花の便りが、というか、すでにそんなナマやさしい状況ではないな。だって東京の桜、ばんばん咲いているんだもん。これでは四月上旬あたりに予定している花見の宴が、たんなる路上飲み会になってしまうかもしれない。いや、なりそうだ。いやいや、これはもう確実にそうなるでありましょう。

二十四日の土曜日は、清瀬市民ホールで「都民寄席」。昨年から実行委員を仰せつかっているので、「寄席解説」と称して、高座で何かしゃべらねばならない。加えて今年は、どさくさに紛れて「正楽寄席かるた」の販売までしちゃおうという、ある時は出演者、ある時はワン・オブ・ザ・観客、またある時は単なる売り子の公私混同の週末なのである。

番組内容は、ま、自分たちが決めたのではあるが、面白くてちょっと変。なにしろ、前座の後に、伸治が「寝床」!その後は、さん喬「天狗裁き」、桃太郎「金満家族」、仲入を挟んで、僕の寄席解説、正楽の紙切りと続いて、トリは金馬の「茶金」なのである。ま、いきなりの「寝床」にはちょっと事情があるのだが、それ以外は面白いでしょー。とりあえず、僕の見たい人とネタを集めちゃったようなもんだもんねー、と一人楽屋でほくそ笑んでいたら、本番では全然他の人の高座が見られない~。楽屋での様々な打ち合わせ、ロビーでの事務員(?)仕事がけっこうあって、裏と表を言ったり来たり。自分がしゃべる寄席解説の中身をさらう暇もないんだもんねー。

結局、高座の袖で桃太郎の「金満家族」の後半を聴いただけだ。

「あなた、もう、ご飯をたくマキがありませんよ」

「応接間に東山魁夷の屏風があったろ?あれでたけばいいじゃないか」

「こないだピカソでたいたら、ご飯にムラができたわよ」

「(歯にがちっと当たるものがあって)おい、ご飯に石が入ってるぞ」

「いいえ、今日は宝石のまぜご飯なの」

「ふりかけが光ってるぞ」

「それ金粉です。そうでもしなきゃお金が減らないもの。あなたはお金を稼ぎすぎですよ。この甲斐性あり!」

久しぶりに聴いたが、あまりのナンセンスにあきれるばかり。楽屋で桃太郎が、新聞紙にくるんだ茶碗を持っていたので、まさかと思って聞いてみた。

「師匠、もしかして、『せこい茶碗だね、これじゃ田植えの昼休みだ』っていうのに使う茶碗ですか?」

「そうだよー。こういうセンスのかけらもないデザインのやつって、なかなかないんだよねー。おんなじ柄のやつを四個買って持ち歩いてるんだ」

もしかして、この茶碗情報が本日一番の収穫だったかもしれない。

      ▲ ■ ◆

三月二十四日

<鈴本・夜席>

 三之助:のめる 小円歌:見せ物小屋&かっぽれ 菊丸:子ほめ 南喬:小言念仏(文楽代演) 喜多八:元犬 ニューマリオネット:花笠音頭・秋田音頭・会津磐梯山・安来節(二楽代演) 喬太郎:夜の慣用句 扇橋:二人旅 馬風 口上(こん平、扇橋、円菊、鈴之助、馬風、金馬、円菊) のいるこいる 円菊:まんじゅうこわい 金馬:親子酒 円歌 こん平 正楽:鈴之助・ハムスター乗せ似顔 主任=鈴之助:たいこ腹

      ▲ ■ ◆

 さて、三下は、落語協会の新真打五人の披露興行である。満を持して四日目(初日~三日は予定がとれなかっただけだが)の鈴本へ行った。

 上野藪で天ぷら蕎麦をたぐり、不忍池畔を巡って七分咲きの桜を見てと、寄り道をしていたら前座には間に合わず、二ツ目の三之助からの見物となった。高座の上には祝いの品がずらり・・って、あらら樽酒がひとつ置いてあるだけだ。そういえば協会の披露目は、昨年の十人の時も高座がシンプルだった。人数が多いと、入れ替え並べ替えが大変だからだろうか?

 文楽の代演、南喬のセリフがアヤシイ。

 「文楽さんはちょっと体調を崩してまして。心配になって電話してみたら『なにしろ初めての妊娠でツワリがひどくて』って」

 「小言念仏」の念仏爺さんが、ものすごく元気である。そのぶん、いれかわりに出てきた喜多八の脱力ぶりが際だったりして。

 「おめでたい席に呼んでいただきまして。主役は張り切ってるんでしょうが、いわゆるアタシは虚弱体質で、血圧は低いし花粉症で・・・」

 てなことを言ってるわりに、噺に入るとテンションが高くなる。「元犬」で人間になった「タダシロー」は、クスリでもやってるのかとおもうような(あわわ)挙動不審ぶり。

「(目つきアヤシく、息づかい粗く)ハッハッハッハッ、ワン?」

「なんだよお前さん。羽織を来たことがない?前座さんみたいな人だな。しかしお前さん、四つんばいになると、いい形するなあ」

「リアル元犬」だよね。

ニュー・マリオネットのあやつりは、「花笠音頭」「秋田音頭」「会津磐梯山」に「安来節」と、民謡のオンパレード。最近他のネタみてないけど、民謡専門になったのかな?

 喬太郎のマクラは、いつもの「ハブの小噺」から。ざわざわとした笑い。

 「・・・こーゆーのが好きな人だけ笑ってもらえばいいんです」

 つづく「カイソウ電車」の小噺はけっこうウケた。

「こーゆーのが好きなんですか?」

それでは、ということでもないだろうが、ネタは思い切り俗っぽい「夜の慣用句」。キャバクラに案内されたチョー俗物課長さんのセリフ、「おいおいおい、こじゃれたつぼ八だなあ」がいいね。

仲入前は、馬風である。いつも好き勝手に口上を仕切っているが、自分の弟子の時はどうするのだろう。それもまた本日のお目当てである。高座の方は、時間を気にしてか、ごくごく短い漫談だった。

「今日はウチの若い鈴之助のヤロウがたっぷりやります。大きな拍手があれば張り切りますんで、返るならせいぜい円歌さんあたりで、ね?」

仲入休憩で、恒例(?)の「ただいま、お手洗いに入れ歯のお忘れ物が」という馬風のアナウンス。あまり間をおかず、幕が開き、口上が始まった。

「本日はっ!夜桜見物でにぎわう中っ!ご来場、まことにありがとうございますっ!!!!」

司会のこん平のあまりの大声に、馬風が耳をふさいでいる。しかし、こん平の直ぐとなりに座る扇橋は、にこにこ顔である。

「こんちゃんの司会はいいねえ。これが木久蔵ですと、ウジウジしててはっきりしない。(鈴之助は)兄弟弟子の弟子ですから、アタシはおじさん?ところで、カレー蕎麦というのはおいしいですね。裏に更科という店があって、ここのカレー蕎麦がバカうま」

話がどんどんそれていき、どこに落ち着くかまったくわからない。この後、円菊、金馬、円歌と型通りの挨拶が続くが、扇橋が一番ウケていた。更科は、あんかけ蕎麦もおいしいよね。

で、いよいよ馬風。いつもの巨人賛歌だろうか?

「えー、鈴之助は入門十一年で真打という、スピード出世。だれのおかげでもありません。アタシの力でございます。鈴本の出番が終わって外に出たら、突然電信柱のかげからうらぶれた若者が駆けてきて、『弟子にしてください』って。アタシはジャイアンツの清原が大好きでね、こいつがどことなく清原に似ていて抱きしめたくなって・・。茨城出身は強情だね。カミサンとも喧嘩した。今まで二十三回職を変えて、解体屋は二日目でやめた。キャベツの千切りがうまい。プロ級だね。元佐川急便なんで、小さんの運転手にしようとしたら、『私は運転手じゃない』って断りやがった。結局、いやいや行ったのが勉強になった。小さんに『水戸訛りを気にするな。特徴だと思ってしゃべれ』と言われて自信がついた。明るく軽い噺がいい。うまいかまずいかはよくわかんない。決めるのはお客さんだよ」

ふつーじゃないか。軽いギャグは入っているけど、いつものおふざけはまったくなし。居並ぶ幹部連中も同じ思いのようで、円歌がにやにやしながらコメントを。

「馬風もうれしくて、舞い上がってるね。今日はそうとう控えめだもの。普段はもっと笑わせるんですよ」

もっとも、最後の三本締めの後は、みんながお辞儀してるのに、馬風だけ頭を上げてきょろきょろしていたが。

後半一番手、のいるこいるのお伽ばなしネタは初めてだった。

「浦島太郎って知ってるか?」

「ああ、知ってる知ってる知ってる。助けた亀がお礼にきたんで、すっぽん鍋にして食っちゃったっていう」

「違うよー。じゃあ、かぐや姫は?」

「桐のタンス持ってお礼に来るんだろ?」

「何で桐のタンスなんだよ」

「かぐや、だから」

円菊、金馬、円歌と、“いつも”の高座が続いて、ひざ代わりは正楽だ。

いきなり「鈴之助!」という注文に「どう切ったらいいかわかりません~」。

しばし考えた後、ウマ年の真打ということで、「馬にまたがる着物の男」を切っていた。

続くお題は「ハムスター」。注文主が小さな女の子であると見て取った正楽、「ちょっとここまで来てください」と高座の前に呼び出した。で、出来上がったのが、少女の似顔絵の頭上に小さなハムスターが乗っている。あざやか~。

「ハイ、交代でございます」と下がっていく正楽の背中に、「長屋の花見!」とまだ注文してる客がいた。

さて、トリの鈴之助は、本日が真打の初高座である。上手の袖に目をやれば、同時に真打になった彦いちがクソ真面目な顔で見守っている。

「入門して、『お前は訛っている』と言われるまで、自分が訛っていると気がつきませんでしたね。で、『かぐや姫を読んで見ろ』と言われたんです。かぐや姫って落語だったんだーと思いながら読み出したら、『むかしむかしから訛ってる』って。ま、家中グルなんだから気がつきませんよねー。訛りは一生のテーマ、一生懸命やらなくちゃと思いますね。真打になると『師匠』と呼ばれますが、間に小さい『つ』がはいって『しっしょう』されないように頑張ります」

きまじめなマクラをふる鈴之助の顔をまじまじと見る。ヒゲが濃いなー。

ネタは「たいこ腹」だった。訛る訛ると聞かされているので、どうしても訛りが気になってしまうが、ひょうひょうと軽い持ち味は、意外に幇間に合うようだ。一八はいいから、後はもう一人の主役・若旦那の演じ方だ。遊びに飽きて鍼に凝るような、粋な感じがでないと、せっかくの一八の軽さが生きないぞー。

「こんなことになるなんて、昨日の夢見が悪かったからなあ。辻元議員から『疑惑の真打!』と言われたんだよなー」には笑った。

鈴之助がサゲを言い終わると、口上に並んだ幹部全員が登場して、主役を囲みながら頭を下げた。なんとなく心温まる光景だが、こん平のトレーニングウエアの白さが目立つんだよなー。

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三月二十五日(月)

 <鈴本・夜席> 

仲入 口上(こん平、扇橋、円菊、彦いち、木久蔵、馬風、円歌) ゆめじうたじ 円菊:まんうじゅうこわい 円歌 木久蔵 こん平 紋之助 主任=彦いち:みんな知ってる

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 翌日も、披露目に行った。クソ忙しい月曜日、次々と襲いかかるお仕事を振り切りながら、仲入休憩時にやっとこ鈴本へ。

 今夜は馬風の口上は、フツーのふざけたやつ。あ、へんな言い方だな。ふざけてはいるが馬風にとってはフツーのやつ。これも変か。ま、とにかくアレである。ちゃんと書いてみようか。

 「春らんまん、美酒らんまん。ちょっと気温が下がって花冷えです。華やかなのは桜ばかりではありません。春はスポーツのシーズン。春場所は武蔵丸が優勝、センバツも本日初日を迎え、二松学舎は惜しくも一点差で負けました。今月末にはプロ野球が開幕します。我がジャイアンツは宿敵トラと開幕戦を戦います。どうぞ最後まで巨人軍をよろしくとお願いして、はなはだ簡単ではございますが・・(まわりの幹部連に叱られて)・・悪かった。ついでに(「おいおいおい」と幹部連ひざ立ち)、彦いちのお祝いを。木久蔵の弟子の中でも、この男が一番まとも。二ツ目の時分から気前がよく、先輩におごるのが趣味という・・。今日は打ち上げ宴会、あるのか?(彦いちがうなづくと)いや、おれじゃなくて、こん平が聞いてくれと・・。講談の神田茜が女房で、アタシが惚れてたんですが、彦いちがやっちゃいまして。この彦いち、これでも女の子に人気があってね。でも、楽屋にそういう女の子が来たら、ここにいる先輩達に差し出すように。とはいっても、円歌は向島の『きよし』の女がいて、円菊は痛風で、しかもすでに腸捻転。あの格好でタレカキするかと思うと・・。で、扇橋はすでに女性は関係ない。こん平は声は大きいがあの方はオソマツ。木久ちゃんは(声を潜めて)今日カミサン来てるんだけど、(声大きく)女房一筋で・・・」

 ああもう疲れた。しかしまあ、鈴之助の時と大違いだよね。

 彦いちの師匠、木久蔵のあいさつも忘れてはいけない。

 「彦いちは、平成元年に来たんです。ウチの前で金魚鉢を洗っていたら、入ってきた。『なんで僕のところに来たの?』って聞いたら、『近いから』だって。合気道やってて、武張ってるんですよ。独立心が旺盛で、大事な相談はアタシにしたことがない。自転車泥棒と疑われて職質受けたときも、アタシの名前を言わなかったんです。人物は結構です。あとはお客様のごひいき次第。よろしくお願いします」

 ひょうひょうと話しているうちに、なんだかあっけなく終わっちゃった。「大変重みのある挨拶で」という、こん平のフォローがウケてたりして。

 ところで、居並ぶ幹部連の後ろには、後ろ幕があるのだが、もうひとつ、異なものが置いてあった。シー・カヤックって言うんだっけ、立派なカヌーが飾られているのだ。

 ゆめうたが「カヌーの前で漫才やるのは初めてだよ」と言った以外、他の出演者がシー・カヤックのことに触れないのはなぜ?もしかして、カヌーのこと知らないのか、木久蔵は。

 なぜ鈴本の高座にカヌーが置いてあるのか? 大いなる疑問は、トリの彦いちが登場するまで解決することはなかった。

 「このカヌー、五メートルあるんですよ。ほんとはロビーに飾ろうと思ったんだけど、うまく入らない。高座しか場所がなかったんですよー。なんなんだ、これは。落語に使うのかって、思われたお客さんもいると思いますが、アタシはアウトドアが趣味なんですよ。そいういうこと、(口上で)誰も説明してくれないんだもんなー」

 ははははは。そうだったのか。

 カヌーほどは目立たないが、実はもうひとつ、高座に変なものが飾られていた。夢枕獏から贈られたというキックミット。そういわれると、そうかなと思うが、客席からは赤い湯たんぽとしか見えない。

 「うちの師匠は何回言っても合気道だと思ってるんですけど、僕は空手をやってるんです。キックミット、ちょっと蹴ってもいいですか?」

 やんやの喝采にその気になり、前座の才ころ持たせてキーック!しかし、才ころのへっぴり腰が災いしたか、キックのショックで眼鏡が飛んだ。見事に壊れた眼鏡を持って、ぼーぜんとする彦いち。

 「こういう時、真打はどうしたらいいんでしょうか?買って上げるんでしょうか?」

 満場の拍手の中、彦いちは寂しげな笑いを続けるのであった。

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三月二十九日(金)

 <池袋・昼席>

 金太:狸の札 萬窓:牛ほめ 扇治:弥次郎(白鳥代演)(扇好:辰巳の辻占) 市馬:提灯屋 仲入 玉の輔:宗論 円太郎:野ざらし 二楽:長屋の花見・花咲じいさん 主任=金時:紺屋高尾

      ▲ ■ ◆

 仕事を抜け出して、池袋の昼席に行く。

 池袋西口地下にあるアンデルセンで、チキンカツサンド&最近お気に入りのまめぱんを買って五百四十六円。外に出ると、冷たい雨が降っている。予報では、翌朝まで降り続くとか。桜はこれでおしまいだろう。四月までもたなかったなー。

 昼席の客は十三人。多いか少ないか、場所が池袋だけに判断に悩むなあ。

 二ツ目金太の「狸」から聴き始めた。

 「親方、なんでも化けますよ。野村サチヨでも落合のカミサンでも和泉元弥のお母さんでも」

 「バケモンばかりじゃねーか!」

 ぶははははは。

 萬窓のマクラは「テレビで見た」という働きアリのオハナシ。

 「働きアリといってもね、全体の七割しか働いてないんですって。どの世界にも与太郎はいるんですね。で、その与太郎のアリばかり集めると、やはり七割は働くんですね。反対に、働いているヤツばかり集めると三割はぼーっとしちゃうんです。七対三の割合ってのは、何にでもあるんですよ。だから南極探検隊に出掛けるときは男ばかりだったのに、帰ると三割はオカマになってる・・・」

 途中までは面白い展開なのに、ラストがつまんない。惜しいなー。

 「牛ほめ」はしっかり演じているのに、あまり笑いが起きない。与太郎がしっかりしすぎているのである。

 扇治の出囃子が柳昇と同じ「お前とならば」だと、初めて気がついた。だからどうだというわけえはないが。この人の細長い顔を見るたびに、漫画の「Y氏の隣人」を思い浮かべるのは僕だけだろうか。「Y氏」は、日常の中のミステリーゾーンといった感じの不思議な味のある漫画だが、今日の扇治のマクラも、なんだか不思議な話なのだ。

 「依然に鳴子温泉で落語会がありましてね。打ち上げをやってもらって、夜遅く主催者が取ってくれた宿に行ってみると、なんかの手違いで、部屋がないんですよ。で、ツアーの運転手なんかがとまる小さい部屋があるっていうんで、そこにとめてもらえることになった。ベッドにごろんと寝ころんでいると、天井に白いシャツ姿の若い男が・・・。びっくりしてフロントに駆け込むと、『やっぱり出ましたかー』というんです。話を聞いてみると、近ツリの新入社員が初めてのツアコンで、悪い中学の修学旅行に当たったんですって。悪いことが連日のように続いて、すっかり悲観したこの新人があの部屋でクビをつったんだそうです。『でも、なんで天井に張り付くんですか?』『それはね、・・・・・・・・・・てんじょういんだから』」

 ばかやろー。本気で聞いちゃったじゃねーか。

 こんなマクラで入った「うそつき弥次郎」は、絶好調だ。

 「倒した猪の腹を割いてみると、猪の子供がぞろぞろぞろぞろ」

 「ししの十六っていうんだろう?」

 「いいえ、今回は、しご(死後)の二十匹」

 ふじゆきえ・はなこの時に、ロビーで自主休憩。モニターを見たら、得意の手話で「明日があるさ」をやっていた。

 扇好は最近「辰巳の辻占」ばかり当たるな。辰巳のおんなにいいようにあしらわれる男の人相が凄い。

 「どす黒くって骨太で油ぎってて何となく血なまぐさい。ブリのアラのような顔だ」

 仲入前の市馬がやたら明るい。元々達者なひとだが、はじけうような口調でたたみかけてくるのだ。何かいいことあったのか?

 「この雨の中、来てくれるお客さんに、くだらない話を聞かせちゃもうしわけないんですが、あいにくくだらねー話しかないもんで」

 「提灯屋」で、なんとかチラシ広告を解読しようと奮闘する無筆の若い衆がたまらなくオカシイ。

 「おれぐらいになると字なんか当てにしねーぞ。ニオイでかぎ分けちゃう。クンクン・・、印刷屋の広告だな、こりゃ」

 なわけねーだろと、ついツッコミのひとつの入れたくなるな。

 仲入休憩の後に出てきた玉の輔、薄い客席を見渡して、

 「これだけ入れば超満員です。今、三時五十分ですよ。フツーの人が一生懸命働いている時間にこれだけ集まっていただいて・・」

 はは。言葉もありません。

 「落語界には二世が多いですね。花緑さん、三十歳で芸歴二十八年。後輩なのに抜かれちゃって・・。金時さん、あんなんですけど二世です。こぶ平、いっ平の共倒れ兄弟。木久蔵師匠のお孫さん(おいおい、子供だろーが)のきくおくん、玉川学園を裏から入って、うまいこと抜け出た。帰国子女っていうんですか、じゃべれるのが日本語とカタコトの落語です。車だってBMですよ。BMってのは、バカムスコの略です」

 この人の「宗論」は、演者の人の悪さが実によく出ていて(?)独特の面白さがあるのだ。

 「本日は関西からディオールという牧師が来られています。この方は、みなから愛されて、クリスチャン・ディオールと呼ばれています」

 「お前はそんな免税品みたいなのを拝んでいるのか!」

 「おとーさまの気持ちは、かゆい、いや、いたいほどよくわかりまーす」

 「そのよーにダップン、いや、コーフンしてはいけません」

 「処女で子供が出来るなんて、ゾウリムシじゃないんだから」

 「お前の神様は何をしたんだ」

 「お父様、私はその質問を玄関?台所?お茶の間?おー、いまかいまかと待っていました」

 「(最後の晩餐で)この中に裏切り者がいます。だれとはいわない。・・・ここに三つのグラスがあります。これはブドウ酒だ。これあ水だ。これはユダ! おー神よ、あわれなるお客様にお恵みを。まだわからない人がいます」

 「お父様、私を、小泉?森?中曽根? おー、オブチになりましたね」

 玉の輔、かなりの才能の持ち主と思われるが、今のところは才能だけでやっているみたいな気がする。本気になったら、こいつはかなりいくんではないだろうか。

 「ワールドカップがそこまで来ていますよね」と、円太郎。そのままサッカーの蘊蓄でも語るのかと思ったら、話は意外な方向に。

 「テロリスト対策がかなり進んでますが、やはり不特定多数の人が集まるところには行かない方がいいですよ。明日から始まる東京ドームも行かない方がいい。・・・・どこに行くのか、おのずからわかりますな。そう、池袋演芸場は、テロリストのリストからはずれておりますから」

 「野ざらし」は、流れるような口調が気持ちいい。円太郎は謡い調子ではないとおもうが、「野ざらし」では見事に歌っている。「さいさい節」の音程をはずす若手が多い中、きっちり仕上げて、端正な一人キ○ガイ(?)が出来上がった。

 「きのうの鈴本で、注文を聞き違いまして」と、ひざの二楽。

 「カンガルーと人、って言われて、変な注文だなーと三回聞き返して、『考える人』だと

わかりました。オレもけっこうはずかしかったけど、よく考えると、『カンガルーと人』の方が簡単ですよね」だって。そういえば、この人のお父さんは、客が変な注文をすると「聞こえないフリ」をしていたよなあ。

 トリの金時、明るい笑顔が父親の金馬によく似ている。

 「最近はお客さんの中にインターネットやってる人が増えましたね。このあいだ『井戸の茶碗』をやったんですが、インターネットに『仏像磨くより、芸を磨け』と書かれちゃった」

 「紺屋高尾」。うーむ。落ち着いた、柔らかな口調には好感が持てるよね。たとえば、主人公の久蔵。

 「三年辛抱して貯めた金で、何を買うんだ?」

 「(照れて)…いいもの」

 こんな会話で、久蔵の初心なところ、人のよさを上手く出している。

 ここまではいいのだが、これから久蔵がほんとの使い道を白状するまでがモタモタと長い。「紺屋高尾」なんていう噺はみんなよく知ってるんだから、トントンと筋を運んでくれないと、きいていてダレしまう。

 あとは重要な役割をもつ「お玉が池の先生」に貫禄がない。久蔵とのやりとりを聴いていると、町内の若いもの同士の会話にしか聞こえないのだ。

 それから、高尾にも「松の位の太夫職」の格がほしい。そんなに早口にしないで、おっとり悠然と構えて、「これなら久蔵が命がけで恋をするなあ」という貫目を出して欲しい。

 勝手な注文ばかり出したのは、金時の高座になにがしかの可能性を感じるからだ。やれば出来そうなのにやっていない、あるいは気がついていない、そんなもどかしさが気になるトリの高座だった。

                ● ★ ■ ▲

03・29(金) <末広亭・夜席> 雷蔵:手紙無筆 宮田章司(東京ボーイズ代演) 柳昇:カラオケ病院 仲入 柳好:時そば ひでややすこ 桃太郎:受験家族 遊三:長屋の花見 キャンデーボーイズ(ボンボン代演) 主任=蝠丸:抜け雀(鯉昇の代バネ)

                ● ★ ■ ▲

 昼席がハネて、大急ぎで会社に帰ってお仕事してたんだけど、そうだそうだそういえば新宿の夜のトリは鯉昇なんだよなあ最近聴いてないなあ末広亭もご無沙汰だよなと雑念だらけでデスク作業をしていたら、あらら不思議、たまっていた仕事がドンドンはかどって結局七時過ぎには新宿三丁目へ着いてしまった。どうなんてるんだろうね。ホントにそうかーなどと詮索しないよーに。

 と、ここまでは、まことにうまく物事が進んでいたのだけれど、末広亭のテケツで考え込んでしまった。

 「本日 鯉昇代演 蝠丸」

 ええーっ。おめあてが休みじゃないか。しかも東京ボーイズもボンボンブラザースも休演だって。ううう、どうしようか。パチンコ屋の景品交換所を思わせる(実際、月に何人かは裏の金馬車の客が紛れ込んでくるらしい)テケツの中を覗いてみると、席亭が憮然とした顔で帳面に何か書きつけている。

 「社長、今日は鯉昇さん休みなんですね」

 「そうだよ。でも今日だけじゃなくて、ずっと休み。この芝居、初日に出ただけだもん」

 「ええ、何かあったんですか?」

 「うん、鼻血がとまんないんだって」

 「へんな病気なの?」

 「違う違う。鼻の奥の皮膚が傷ついたんだって。場所が場所だから安静にしなきゃだめみたい」

 「じゃ明日も無理かな」

 「うん、この芝居はおそらく一勝九敗だろうなー」

 そうかそうか。そういうことならあきらめて入場しませう。蝠丸トリでも悪くないもんね。

 おろろ、高座は宮田章司の「売り声漫談」か、これ初めてじゃん。

 「じょさい屋って、知ってますか?夏に来る薬屋で、昭和二十八年に神田あたりにきてましたね。え~、じょさい、じょさい屋でござい~って。仁丹の粒のでかいやつで、水あたりの薬ですな」

 「ひわよう糖ってのがあってね、明治の初期になくなった。京都・烏丸あたりのせんじ薬で、これも水あたりの薬でしょう」

 竿竹売り、あさがおの苗売り、千金丹、万金丹、見世物小屋の口上…。東京風俗エッセイの趣があり、ほとんどの物売りを知らないのに、興味深く聞けた。おしむらくは、声が悪い。美声である必要はないけれど、よく通る、鍛えた声できけば、さらにノスタルジックな雰囲気に浸れるんだがなあ。

 柳昇の「カラオケ病院」がはやらなくなった理由がオカシイ。

 「八十一人の食中毒を出しまして。原因は焼き海苔なんですよ」

 「焼き海苔ですか?」

 「海苔は問題ないんですが、海苔の上をねずみが歩いたんです」

 「それでチュー毒か」

 仲入後の一番手は、まったく今時の人っぽくない柳好の登場だ。

 「今時の女の子は三之助なんかを追いかけても、リューコーは追いかけませんね。……、今ごろ先代は墓の中で泣いているでしょう」

 そんなことより、「時そば」のそばを食う仕草を見て泣いているんじゃないだろうか。もうちょっとなんとかしちくり~。

 柳好の次は、ひでや・やすこか。ほのぼの系が続くなあ。

 「このごろこの人も変わりました。酒を飲みながらコボすし、ご飯もこぼすんですよ」

 「そういう言い方って、好きだなあ」

 「今のはこの人の唯一のギャグなんですよー」

 ひでや・やすこの次は桃太郎か。まるで緊張しない番組ではある。

 あれれ、高座に出されたお茶を飲んでも「田植えの昼休み」を言わないではないか。ネタは、おそらく「受験家族」というのだろうが、僕ははじめてである。いつもと違う桃太郎…。

 「あたなお隣は、かいせい高校に入ったのよ」

 「うちは、くもり高校だな」

 やっぱりいつもの桃太郎か。

 「長男は東大、次男も東大、三男が一橋で長女がハーバード。そして私が国士舘」

 「お前だけ悪いじゃねーか」

 「そんなこといって、お客さんにOBがいたらまずいじゃないか」

 いやあ、この展開で国士館OBは名乗り出ないと思うが…。

 ここで芸協見物史上画期的な出来事が起こったのだ。

 それはね、 今年初めて、遊三が「パピプペポ」以外のネタをやるのに出くわしたのである!

 ま、それほどのことではないが、僕にとってはけっこう大事件なのである。しかもネタが「長屋の花見」、しかも出来がいい! 外では桜がビシバシ散っているという変な陽気なのに、末広亭の高座では、ぱっと明るく、うきうきするような花見の宴が繰り広げられている。これもまた感動です(BYタテマツ・ワヘイ)。

 さてさてやたら短いキャンデーボーイズの曲芸をはさんで、トリの蝠丸まできてしまった。おっ、蝠丸の紋はコウモリだ。

 トリのネタは「抜け雀」。このネタも「パピプペポ」じゃないけど、最近やたら寄席のトリで当たるのだ。ま、嫌いな噺ではないので、各々の演者の演出の違いを楽しめばいいんだもんね。

 蝠丸の「抜け雀」は、全体がふわふわと柔かい。一文無しの絵師も武張ったところが全然ない。宿帳に書く名前なんか「有金ハタキの助」なんだもんなー。とげとげしいのは宿のカミサンだけか。

 「また文無しかい!うちはねー、商売さえしなきゃ、やっていけるんだから」

 「衝立の雀が飛び出る? うちの娘なんか先月飛び出したっきり、まだ戻ってこないんだから」

 ところで面白いのが、後半の展開。

 「このままでは雀が落ちて死ぬ」ということになって、絵に鳥かごを描き足す絵師の父親が医師なのである。しかも描き足すたすのが鳥かごじゃなくて、竹やぶ。あらら、どうしてなのかしらと首を傾げていたら、サゲを聴いて納得した。

 「あなたのお父さんは立派。お父さんのおかげで雀が長生きできるんですから。名医ですねえ」

 「いやいや名医ではない。立派なヤブだ」

 そういうことだったか。さらりとした軽い仕上がりだったが、一つだけ注文をつければ、一文無しと宿の主人の再会の場面は、サラリと描き過ぎ。二千両と値がついた衝立が我が物になるかどういかの瀬戸際なのだから、いくら宿のボケボケ主人でももっと派手に喜ばなくちゃオカシイではないか。

 追い出しを背に外に出ると、雨足はさらに強くなっている。今年の桜は本当にこれぎりだな。

 数日後、「江戸・網」の掲示板に、「桃太郎師が末広亭の客席にいるながいさんを見つけて、噺の後半がわからなくなったといってました」という書き込みがあった。あの日の僕はフツーのお行儀のよい客であって、高座に対しては何ら怪しい動きをしていなかったことを付記して、さんぽ三下はこれぎり~としておく。

 

つづく

 


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