寄席さんぽ2002二月上席
寄席さんぽの更新が大幅に遅れてしまった。遅れた理由は色々あるのだが、そんなことをくどくど書いてる暇があったら、とっとと新作を書いたほうがいいに決まっている。今回のシリーズは、見たものすべてを書くのではなく、「定席のみ昼一回、夜一回」が原則なのだ。さて何をネタにするかとメモ帳を見返してみたら、なんと二月上席分だけで八回も落語会に行っているではないか! たしかこの時期は、本業の方もかなり忙しく、寄席通いなんてやってる精神的余裕があったとは思えないのだが。超人的な意思の力で歯を食いしばって寄席へ通っていたのか。はたまた仕事のことなど何も考えずお気楽に落語三昧してたのか。二か月たった今では思い出すことも出来ないが、今後の反省のために、今回のみ原則を考えずに、全番組のレポを決行しようと思う。さあ、本数が多いから、とっとといくぞー。
★ ★ ★ 二月一日(金)<鈴本昼席> (志ん橋:あわびのし) 仲入 ぺぺ桜井 歌武蔵:長短 ★ ★ ★ 正楽の紙切り原稿を回収するため、鈴本の昼席に行く。新年から寄席ではモテモテの正楽、この芝居も三軒掛け持ちなので、会社に一番近い鈴本の楽屋に置いておいたのを僕がピックアップするのである。 前座から正楽似顔入りの封筒を受け取って帰ろうとすると、楽屋の入り口で歌武蔵にばったり。大きな固まりがいきなり視界いっぱいに入ってるのだから、これはけっこうびっくりするのだが、向こうも同じようにびっくりしているのがオカシイ。 「あーびっくりした。なんでこんなとこにいるんスか」 「仕事だよー。正楽師の原稿の回収。それより最近好調ですね。円太郎師との二人会の『らくだ』なんか、よかったよねー。屑屋さんが自分の過去を語るとこなんか、歌武蔵さんの工夫なの?」 「いや、あれは桂文珍師匠に教わったんですよ。前にながいさんと読売落語会であったでしょ?(そういえば、出演者でもない歌武蔵が突然やってきて『楽屋がわかんない』というものだから、あのルテアトルのわかりにくい楽屋まで案内してやったことがあった)あの時、トリだった文珍師に稽古をお願いしたんですよ。で、時間作ってもらって、あとで大阪まで稽古にいったんス」 「そうなんだー。しかしあの二人会、前半ゲストを並べて、主役の二人が後半になんないと出てこないってのは、ヘンな構成だよね」 「そういうことは、(言い出しっぺの)小朝にいってください」 てなことを話していて、結局歌武蔵の高座だけ聴いていく事に。 志ん橋「あわびのし」の途中から客席に入ってら、歌武蔵の前にペペ桜井がいたのね。 「今日は金曜だし、ビンラーディンも見かけないし、お客さん来ないんじゃないかと思ったら、こんなにいっぱい。いかに政治に関心が無いかわかりますねー」 「今ケータイ電話ばっかりで、ふつーの公衆電話が少なくなりました。でも、こないだ山梨にいったら、いっぱいあるんですね、コウシュウ電話」 はいはい。 歌武蔵の自己紹介のマクラは、いつもよくウケる。 「えー、アタシは中野坂上っていうとこに住んでまして、いつも中野駅までバスなんです。今日は関東バス。で、北口で下りて改札を入ろうとしたら、バスがロータリーを回って野方警察の方へ向かったとたん二百Mのオートバイと出会い頭に衝突してしまいました。皆さんも気をつけてくださいね。以上、ジコ紹介でした」 ネタの「長短」は、初めて聴くが、巨体を生かした漫画チックな動きが実に楽しい。 「夕べ夜中にしょんべんに起きてね、空を見るとね、ぱーーーーーーーーーーーーっと」と、両手をワイパーのように動かすダイナミック(?)なしぐさ。 短七が長さんに饅頭を出してやり、茶を入れる。このしぐさを丁寧にやって、やっと茶を入れ終わった短七が長さんをみると、まだ饅頭を食べてなくて、むかーっ。「一つの饅頭を、ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ、口ん中でクソんなっちゃうぞ!」と怒る様子。 火玉が踊るほどタバコをすって、キセルを十回ぐらいしつこくしつこく叩く長さんに、「テメー、わざとやってんじゃねーだろーなー!」と爆発する短七。 ただ動きがユーモラスというだけではない。仕草や仕込みを人一倍丁寧にやっているので、あとの巨体を利した動きが際立つのである。もう、最近の歌武蔵は何を聴いても面白いのだ。 ★ ★ ★ 二月三日(日)<浅草・昼席> 寿輔:地獄巡り 遊三:ぱぴぷぺぽ キャンデーブラザース 可楽:臓器屋(夢楽代演) 仲入 今丸:かるたとり・似顔 小柳枝:長屋の花見 米丸 扇鶴 主任=夢丸:夢の破片 夜の部 小まさ:狸の札 快治:花色木綿 ★ ★ ★ 今日は「江戸・網」の節分オフである。オフといっても、過去二回楽しんだキッチンイナバ宴会ではなく、さん喬などのゲストもおらず、ただ恒例の福引と、寄席かるたのテストプレーがあるだけなのに、二十名近い参加者が名乗りを挙げてくれた。ありがたいかぎりである。 しかし、ところが、当日は朝から冷たい雨と風。ま、自他ともに認める雨男の宴会らしい天候ではあるが。 本日のオフは、浅草の寄席で夢丸の新江戸噺を聴いてから、天ぷらの大黒屋でうめーものを食らい、そのままそこの座敷でかるた大会、というコースである。 盛りだくさんな内容とはいえ、やっぱし「江戸・網」のオフ会は下町洋食「キッチンイナバ」を抜かすわけにはいかないだろう。というわけで、寄席見物の前に、イナバでランチ。本日は、今までの宴会で食ってなかった「エビとチキンのドリア」に「豚のしょうが焼き」を注文。柔らくジューシーな豚肉が、うまいうまい。これならいくらでもご飯が入ってしまうぞ。 あったかくでおいしいランチにすっかり和んでしまい、寄席到着が大幅に遅れてしまった。二時チョイ前に浅草演芸ホールに入ったら、寿輔が「地獄めぐり」なんかやってるのね。あれれ寿輔は出てたっけと首をかしげていたら、すでに入場していた宴会参加者が「柳橋師の代演だよー。今日は代演ばかりですよー」と教えてくれた。ま、節分だからねー、みんな他にいい仕事があるんでしょうね。 場内はほぼ満席で、前方上手に知った顔が何人もいたが、もう空席が無いようす。ぼーっとしていたら、中央前から二列目というすごい席があいたので、ちょっと恥ずかしいが思い切って座ることに。ここじゃあ、メモがとりにくいぞ。 遊三は今年けっこう聴いているはずだが、ネタは「ぱぴぷぺぽ」ばかりじゃん。 可楽もよくきくドナーの話。ただ、可楽のは漫談ネタに新しいニュースを織り込んでいる。よく新聞読んでるんだろうな。どこの新聞かしら? 仲入休憩時に、宴会の主催者からアイスモナカをいただく。また嬉しからずや。 今丸の紙切り、お約束どおり、ゆらゆらと揺れてはいるが、着流しでべたっと座る正楽流ではなく、袴にヒザ立ちという端正な姿(?)で揺れている。 「何でも切ります」 「バラの花束!」 「そーゆーのは扱ってません!」 切ってあげなよー。 小柳枝の「長屋の花見」は、今年の口開けか? たしか以前、「『長屋の花見』は、立春過ぎから」って言ってたような。 芸協の会長を辞してから、心なしか米丸の高座が楽しげに映る。重責を解放されて、肩の力が抜けたのだろうか。昔のネタなんかも虫干しを始めたし、今後注目かもしれない。今日は時間が少ないようで、入門わずか三年で真打になっちゃった昔話と、出世作「バスガール」のマクラの小噺を披露しただけだったが、満面の笑顔と柔らかな口調で、こちらもうきうき気分になった。 扇鶴で熟睡して、いよいよ巷で話題の夢丸「新江戸噺」である。 「噺家にはサービス精神旺盛というか、笑いのためならなんでもするっていうのと、やることはやるけど愛想の一つもないというのがいる。アタシはどちらかというと、後のタイプなんですね。でもね、そんなお前が好きだよって、祝儀をたんまりはずんでくれて、熱海や湯河原に連れて行ってくれる客が、……いればねえ。ええ、こんち申し上げる『夢の破片(かけら)』は、笑うところは少ないが、聴けば、ああいい噺だと思っていただけるはずです」 江戸の著名な出版元・蔦屋重三郎が、若い絵師に美人画を描かせようとする。なかなか結果を出せない絵師へ、蔦屋は「お前さんは女を知らないから、美人画がかけないんだ。今からすぐ吉原へ、いや、深川、辰巳へ行って女を買って来い」と叱咤激励する。いやいやながら辰巳へ出かけた絵師が、船を使って商売する「ふなまんじゅう」という種類の女とめぐり合うが……。 いろんな廓噺が混じったようなストーリー。若い絵師の純情は出ているが、台本としてはまだ未完成。絵師と女の出会いと別れが、主人公の長セリフで延々説明されるあたりは、もうちょっと交通整理が必要だし、細部にもつじつまが合わない箇所が目立つ。ただ、前から二列目という至近距離から見たせいか、夢丸の熱演ぶりがよくわかって、聴いてるこちらも力が入った。外は冷たい雨なのに、夢丸の額は玉の汗。この「熱さ」がある限り、夢丸はいつかきっと落語の定番となるような、素晴らしい新江戸噺をこしらえるに違いない。がんばれよ、と素直にエールを贈ろう。 ★ ★ ★ 二月四日(月)<鈴本・夜席> 仲入 勝之助勝丸 扇遊:狸賽 ゆめじうたじ 主任=雲助:火事息子 ★ ★ ★ この芝居、鈴本で連日雲助が聴講している。でもトリが力演してるのに、入りがいまいち……。そんな噂を聴いては、鈴本に行かざるをえない。 午後七時半、最後の割引きを狙って、千円で入る。けち。 ざっと見渡して、場内三十人か。鈴本でこれでは、さみしいなー。おっとと、雲さん贔屓のI夫妻がいるではないか。 「ご精勤ですねー。今日で何日目?」 「いやまだ四日目ですよ」 「………(今日って興行四日目なんだけど)」 扇遊の「狸賽」は、狸の口調が人間よりゆっくりなのね。どうでもいいけど。 ゆめじうたじは、最近、不眠症のネタが多い。 「サラリーマンは大変だよ。大阪に転勤したら、フミン症になっちゃった」 「それって一人で行ったの?家族も一緒?」 「オメー、何聞いてんだよ。大阪だから、フミン症」 「僕の友達もフミン症になったよ、札幌転勤で」 「札幌じゃだめなんだよー!大阪か京都でなきゃ」 客が多かろうと少なかろうと、トリの雲助はまったく動じない。正面を向いて、どうどうと、たんたんと話し始める。 さて今日のネタは何か? 「江戸は火事早い」という導入から、「振袖火事」、「火の番小屋」とマクラの話が変わった。おお、「二番煎じ」かと思ったら、あれれ町火消しから定火消しへと、微妙にずれて「火事息子」に入っていった。マニア泣かせの展開とでもいおうか、しかしこんな「ネタイントロクイズ」みたいなこと考えているのは俺だけ、じゃないな周囲を見ると。 「火事息子」は地味な話だが、雲助は聞かせどころを後半に、母親のくどきにしぼった。それまでの淡々とした口調が一転し、火事好きが高じてガエンにまで身を落とした一人息子と久しぶりに対面した老母の喜びと嘆きを、長く激しいセリフで一気に聞かせる。どちらかというと女が苦手といわれる雲助だが、それは若い女だけ、鉄火なねえさんや、老婆などの演じわけは、凄みすら感じるのだ。 連日の登板で、今夜も長講。さすがに疲れたので、寄り道せずに、とっとと帰宅である。 ★ ★ ★ 二月五日(火)<講談かぶら矢会>(国立) 琴調:石松の最期 貞山:倉橋伝助 仲入 琴星:木村又蔵 琴柳:肉付の面 ★ ★ ★ 翌日は冷たい雨。ここんとこ一日おきに天気が悪いぞ。久々に講談を聴きに、国立まで出張ったが、昨日の疲れが尾をひいていて、何を聞いても眠い。だいたい「かぶら矢会」は精鋭ぞろいなのはいいが、講談の会としては本数も時間もみっちりなので、だたでさえ終わるとどっと疲れるのだった。じゃあ来なきゃいいじゃんと思っても、ああ体が体が永田町へ向かってしまう。どうしてこんな身体になってしまったの、あたし……(書いててキモチワルイ)。 「木村又蔵」は、ひょうひょうとした琴星の個性に合っていて面白い。戦国時代、姉川の合戦にはせ参じるつもりが、金もよろいも無い又蔵。一計を案じて、具足やから武具一式騙し取る事に成功するという、とんでもないお話だが、とぼけた琴星がこれを読むと、又蔵にまーったく悪気が感じられない。明らかな犯罪なのに、がんばれよーと応援したくなるのが不思議である。ま、琴星本人も、年齢不詳私生活不明の怪しい講釈師なのだが。 琴柳は名人芸談「肉付の面」。今季のプロ野球展望など、オヤジのぼやきのような俗っぽさプンプンのマクラの後、パパンと張り扇を叩いて本題に入ったとたん、場内の時間が百数十年戻されてしまう。振り絞るような高音に、説得力があり、古臭い話を、古臭いまま納得させられる。琴柳は、今もっとも講釈師らしい講釈師といえるのではないか。琴柳の力強い言葉が、疲れてボケボケの頭にがんがん伝わって少し元気が出た。帰りがけ、半蔵門駅そばの戦闘の並びにできた「シー・ドラゴン」で中華を食べたら、もっと元気が出た。さあ、これから仕事でもオーケーだと思ったが、時計を見ると、本日はもうのこり一時間もないのであった。残念無念。 ★ ★ ★ 二月七日(木)<鈴本・夜席> 文朝:近日息子 さん喬:天狗裁き 仲入 勝之助勝丸 菊丸:時そば ゆめじうたじ 主任=雲助:文七元結 ★ ★ ★ またしても正楽の紙切り原稿回収のため、午後六時過ぎに上野鈴本へ。ここが会社から一番近い寄席なので、ブツの受け渡しに最適なのだ。さあ帰ろうかなと思ったが、あとでまた雲助のトリを聞きに来る事を考えると効率が悪い。ええと、残った仕事はあれとこれとと、頭の中でしばしソロバンをはじいて、結論が出た。今日はこのまま鈴本に居座っちゃおうっと。 文朝の「近日息子」は、ふつーに演じているだけなのにとてもオカシイのがオカシイ。 「おとっつぁん、はばかり見て来たけど、今だれも入ってないよ」 「あのねえ、このうちにはお前と俺の二人しかいないんだよ。他の誰がはばかりにいるっていうんだ」 ああ、字でかくと伝わんないけど、あの顔と、あの声でいうと、おかしいんだぞー。 さん喬の「天狗裁き」は何度もきいているけど、考えてみたら今年初めてか。 仲入後の一番手は、勝之助勝丸の師弟コンビ。輪の取り分けの時、勝丸が輪を落として何度もやり直しをさせられていたが、その直後に師匠の勝之助が落としてしまった。何事も無かったような顔で続きをやる勝之助が、ちょっと可愛かったりして。あ、そうそう、いつも思うんだけど、五階茶碗の後半で見せる「小笠原の御前試し」って、どういうこと? 扇遊がお休みでちょっとがっかりしたが、代演の菊丸「時そば」がヘンに面白い。 「俺、風邪ひいちゃってさあ」 「はあ、そうですか」 「愛想が悪いなあ。新宿末広亭の入場券売り場みたいだ」 ぎゃははははは。 ヒザのゆめじうたじは、今日も「大阪フミン」。消息筋によると、この芝居は毎日コレばっかしみたい。 雲助の「文七」は、もしかしたらこの人では初めて聴くネタかもしれない。 前半の佐野槌の場面は、女将の貫禄といい、お久の哀れといい、歌舞伎の一場面のよう。「花の吉原へ。中ノ町はもう、ちりからたっぽう(?)大陽気でございます」なんてツナギも、なんだかわからないが江戸情緒にあふれている。ところが、舞台が吉原の外に移ると、江戸っ子長兵衛が、とたんに生き生きしてくる。吾妻橋の文七とのやりとり、達磨横丁の長屋での女房との夜通しの喧嘩と、弾むような長兵衛の江戸言葉が躍動して気持ちが良い。重厚な前半、弾む後半。長い噺にメリハリがあり、聴き応え十分の「文七」だった。しかし、今日の客の入りも????? ま、これだけの客でこれだけの噺を独占できるっつーのも、贅沢な遊びではあるんだが。みんな、もっと雲助を聴こうよー。 ★ ★ ★ 二月九日(土)<池袋・昼席> 和楽社中 さん喬:棒鱈 仲入 萬窓:宮戸川 円丈:ランゴランゴ 正楽:棒鱈・オリンピック・梅に鶯 主任=川柳:スポーツ&ガーコン(円窓代演) <夜席> 駒丸:子ほめ 文ぶん:手紙無筆 とし松 扇好:辰巳の辻占 一九:桃太郎 吉窓:道具屋&芸者の一日 アサダ二世 権太楼:人形買い 円太郎:小言幸兵衛 仲入 市馬:高砂や 小燕枝:千早ふる 元九郎 主任=文朝:紺屋高尾 ★ ★ ★ 何の根拠も理由もないのだが、「土曜の夜は池袋で文朝」とずいぶん前から決めていた。しかし、番組表を見ると、昼の部の出演者もけっこういいではないか。ということで、メトロポリタンの前のイタメシ屋風の居酒屋というか、居酒屋風のイタメシ屋というか、ちょっと微妙な「市」という店で遅いランチを食べ、東武で夕食用にいなり寿司と天むすを仕込んで、準備万端で仲入直前の昼の部へ。 あわわわ、東武でメシ選びにモタモタしていたせいで、仲入前のさん喬に間に合わない~。あわてて演芸場のモギリのとこまで行ったら、後ろからもう一人、あわてて入ってくる人がいる。振り返ると、これがさん喬だったりして。 「あれー、師匠遅いじゃないですかー」 「(ハアハア息を切らせながら)うるせー」 さん喬が今楽屋入りなら、慌てることはないもんね。ゆっくり入場して、折りたたみテーブルをセットして、メモ帳、飲み物、食い物を並べて、はいスタンバイオッケー。 さて、何事も無いような顔で出てきたさん喬、延々とお酒のマクラをふるので、てっきりいつもの「かわり目」かと思ったら、嬉しい誤算。なんと久々の「棒鱈」だった! 「とらさん、とらさん、あのよー、あのよー」 「なんだ行きたいのか」 きゃー面白い。でも、こんな導入だったっけ。 仲入後、演芸場のK氏が「末広亭、今度九時バラシになるみたいですよ」と耳打ちしてきた。今時九時半バラシは新宿だけ。これも時代なのかなーと、ジジくさいことを思ったりして。 後半は、萬窓の「宮戸川」。この人は得意にしているみたいだけど、若旦那の口調がちょっと訳知り風なのが鼻につく。萬窓自体、様子が良いんだから、もっと若旦那を初心な感じにしたほうが、いい雰囲気になると思うぞ。 円丈の「ランゴランゴ」は初めてだ。 「最近不景気だといいますが、僕も負けてません。こうなると、ギャラはドル建てがいいですね。前座なんてペソで十分。最近の前座は大学出ばかりですね。昔は『稽古しなきゃダメだぞ』って言うと『はい、わかりました』と答えてたけど、今はそうはいいません。『師匠はそういいますけど、落語というのはヒストリカルなクライシスに直面していて、今までのような江戸ローカルエンタテインメントではダメなんです。これからはマルチウインドウでクライアントサーバーがビルトインされた新たなアーキテクチャーを作らないと…』『(卑屈に)がんばってね』という…」 これ、キーワード数個メモしただけで、あとは記憶で書いているのだが、どのくらいあってるのだろうか。あ、噺の方は、アフガンの前座を営業に連れて行くとかいかないとか、足立区は二十三区ではなく、足立区から「地方」になるとかならないとか、ヒストリカルなアーキテクチャーを覚えるのに必死で、あんまし記憶にありません~。 円窓がポリープらしいということで、川柳が代バネ。ほぼ満員の場内を見回し、「正月以来ですねえ、私の人気かな」とやって喝采を浴びている。 ネタは「スポーツあれこれ」で、いつものパフィーネタから無理やり「ガーコン」に持っていっておしまい。途中、前座に水を持ってこさせたりして、ちょっと消耗した様子だった。 しかし川柳のスポーツネタ、マラソンの42・195キロを「十一里近いんですよー」には笑った笑った。 あと、高橋尚子ネタは下品なのなっかりね。 「Qちゃんと監督、あれ、ぜったいやってるね」 「Qちゃん、ビフテキを二キロ、寿司なら七、八十個ペロリなんだって。あんな可愛い顔して、でっけえウンコするんだろうね」 さあ、ウンコは忘れて夜の部だ。 前座の駒丸は、サワヤカさに好感が持てるが、口調がどうにも固い。あの柔らな馬生の弟子とは思えないぞ。 文ぶんは、あの文左衛門を思わせるような、乱暴でぶっきらぼうな口調に個性がある。 「司って、どんな字ですか?」 「同じって字を開きにして、骨付きの方だよ」 うーむ、わかりやすい。 扇好の「辰巳の辻占」のマクラ、「男がボケると最後まで覚えているのが妻の名前、女がボケると最初に忘れるのが夫の名前」っての、さっき萬窓の「宮戸川」でも聞いたような。流行ってんのか、これ。 一九の高座で爆睡。「桃太郎」で寝ちゃあ、シャレにもならない。目を覚ますために、次のゆめうたの時に、ロビーで気分転換。モニターで見てたら、また「大阪フミン」やってるよ。 「こないだ岐阜でアユをご馳走になったんですが」とは、吉窓のマクラ。 「アタシのアユだけが、傷だらけなんですよ。『これ、どうしたんですか』って聞いたら、『鵜飼いのウが飲み込んだものなんですよ』だって。『はあ、そうですか、すごいですねえ』なんて答えたけど、考えてみると、ちょっとやですよね、これって」 「道具屋」は、まさにテキスト通り、お手本のような仕上がりなのだが、ところどころヘンなほころびもある。 「これはねー、おじさんが火事場で拾ってきた、じゃねえや、首の取れるお雛様」 権太楼は、ちょっと早いがバレンタインデーのマクラをふった。 「アタシたちの子供のころは、バレンタインデーなんかなかったですよ。チョコレートは駐留軍からもらうもんです。滝野川には朝鮮戦争の野戦病院がありましてね、ギブミーチョコレートって。それが今じゃ、男が下着と一緒にチョコを贈ったりする。下着売り場なんて、アタシみたいな健全な社会人は入れませんよ。『すいません、ブラジャーいくらですか?』『五千円です』『パンティーはいくらですか?』『五千円です』『まかりませんか?』『デパートは定価販売です』『でも……』『それならブラを六千円にして、そのぶんパンティーを千円ひいて四千円にしたら』『それ、安いですねえ』って、これは男が喜ぶわけで、ブラを上げて、パンティーを下げたんですから」 とほほほほ。 仲入前は、円太郎の堂々たる「小言幸兵衛」。 「仕立て屋だから営む、お仏壇のはせがわなら南無南無」 後半は、にぎやかな市馬の「高砂や」から。豆腐屋の呼び声で「高砂」の稽古をするくだりで、都々逸、相撲の呼び出し、花火の音など、いろいろノドを聞かせてくれる。 続く小燕枝の「千早ふる」で、はたと考えた。これまでの三席、「小言幸兵衛」「高砂や」「千早」と、全部豆腐屋さんが出てくるではないか。こういうの「ネタがつく」とはいわないのかしら? さて、本日のお楽しみ、文朝はどんな高座を見せてくれるのかと期待してたら、のっけから来たぞ来たぞー。 「ええ、トリというのは寄席から出た言葉ですが、もうみなさんの方もご存知ですな。紅白のトリなんていいますから。トリは選ばれたものですから、生半可なことはできません。トリの条件というのが遭って、ま、これは内部資料になりますが、芸はもちろん、人格、財産、それに偏差値ですね。トリは今までと同じレベルだと思ったら大間違い。特に権太楼なんかと一緒にしないでいただきたい。ま、トリといってもそんなに長くはやりません。あたしくもちょっと急ぐ用事がありまして…。あっという間に終わりますから」 なんだかわかんないが、場内は抱腹絶倒。のけぞって笑っている人もいる。こんな調子で始まった「紺屋高尾」も、人情ばなしというより、ギャグ沢山のお店ばなしの風情が横溢している。涙もくさいセリフも無いが、高尾太夫に恋煩いし、三年働いて念願の吉原に会いに行く。紺屋の若い衆、久蔵の浮き立つような気持ちが伝わってくるのだ。客をいいきぶんにして帰すのがトリの勤めなら、こんな「高尾」もあり、いやむしろ大正解なのではないか。人格財産はともかく、不覚にも、文朝のトリ、また行きたいなと思ってしまった。 ★ ★ ★ 二月十日(日)<木馬亭定席・リクエスト特選日> 浦太郎:草原の風雲児 孝子:二十三年 <> ★ ★ ★ 木馬の浪曲興行は、毎月、上の十日間、昼の部だけ催される。楽日は、「特選日」といって、毎回何か企画物が出るのだが、今月はリクエスト特集とか。ネタの注文を出せるほど聴いているわけではないが、メンバーのよさにつられて、後半だけのぞいてみた。 入り口で、おかみさんに挨拶してたら、横にいるのは、演芸専門の横井カメラマンだ。 「あ、お久しぶりです。今日は仕事ですか?」 「うん、浪曲協会の、新しい会長、副会長がそろうから、一枚撮ろうと思って」 「あ、そうか。浦太郎会長、孝子副会長の揃い踏みって、初めてでしたっけ?」 いいところにきたものだ。 さっそく入ると、出演者ごとに三つ、四つの演題が書かれた紙を渡された。客はこの中の一席を選んで注文を出すらしい。 浦太郎会長の出番では、十八番の「野狐三次」と、芸道物の「風雲児」に注文が集中。わずかの差で、桃中軒雲右衛門の生涯を描く「風雲児」をやることになったが、雲右衛門に対する知識が無いワタクシとしては、このネタはちょっとつらい。登場人物の人間関係がいまひとつはっきりしないから、どうも話にすんなりはいっていけないのだ。逆に、浪曲、および雲右衛門に見識のある人にとっては、これはたまらんだろうなー。ううむ、勉強し直してこなければ。 トリは新副会長の沢孝子。落語浪曲、甚五郎ものを注文しようと思っていたが、書き出されたネタは、大西信行作の新作文芸物ばかり。くすん。これではワタクシ、注文のしようがありません。だって、どれも知らないんだもの。結局、沢本人がもっともやりたがっていた「二十三年」に決定! 原作は山本周五郎の短編だというが、前半は浪人生活と子育ての苦労が淡々と描かれるのだが、ラスト、物語はドラマチックな急展開を見せる。話は長いし、沢も力が入りすぎ。かなりくさくてヘビーな演目だと文句をつけながら、涙腺の弱い僕は涙が止まらなくなった。こういう自己犠牲的な話、よわいんだよなー。 ★ ★ ★ 二月十日(日)<菊之丞・喜助の会>(日本橋亭) 菊之丞:明烏 喜助:二番煎じ 仲入 喜助:雑俳 菊之丞:三味線栗毛 ★ ★ ★ 浪花節で泣いた後は、落語で笑おう。浅草から銀座線で日本橋へ回り、二ツ目の精鋭、菊之丞・喜助の二人会に行った。 前座なし、自分でふとんを出してのセルフサービス高座。見かけはショボイが、ネタはすごい。なにしろ、サラ口なのに、トリネタ「明烏」なのである。いやはや、昼の浪曲とは違う意味でヘビーな展開である。 で、「明烏」の次が、「二番煎じ」。これもすごい。師匠の雲助譲りなのだろうか、夜回りの途中、旦那連中が、謡や小唄の真似事をするが、喜助は、それに加えてデロレン祭文なんかをやっちゃうのである。鳴子を錫杖に見立てて「デロレンデロレン」、いやあディープディープ。 後半は一転して、前座噺の「雑俳」から。どーなんてるんだ、この会は。 「今日は二席とも久しぶりなんですが、『雑俳』なんか、ネタおろしから五年ぶりですよ。まるっきり出してないの」とはトンでもない導入だが、それに続くマクラも怪しいぞ。 「だれとはいいませんが、今、末広亭でトリとってる鹿児島出身の○之介師匠がね、地元の興行で、なんとか一家のトップをしくじったんですよ。もう謝るしかありません。土下座ですよ。そしたら、そのトップがね『うふん、なんにも怒ってないからン』だって」 本編の「雑俳」も破天荒なものだった。 「初雪や~なんてやってたら、隣の茶畑でお百姓さんが『また雑俳かあ』って」 「初雪や そこだけ黒い インド人。これ、ガーナ人でもいいんですよ」 今日の喜助は、面白すぎ。もしかしたらヤケクソなのかもしれない。トリの「三味線栗毛」も菊之丞のガラを生かしたきれいな出来だったが、喜助の弾けぶりが際立ってしまって、印象が薄い。好対照の二人だが、今夜は喜助に軍配を上げざるを得ないか。それにしても、ここ数年、柳昇以外で「雑俳」を聴いたのは初めてだなあと思いつつ、怒涛の二上が過ぎていくのだった。
つづく
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