寄席さんぽ2002正月初席
そういうわけで二〇〇二年が明けてしまった。
今年も残るはあと三百六十四日。)充実した寄席ライフを過ごすためには、何かこう、未曾有で破天荒で世間があっといて開いた口がふさがらないようなとまでは行かなくても、ま、そこそこもっともらしい指針をもうけねばなるまい。二年前の大病以来、「年末年始は何もしないっ!」と決めているので、時間はたっぷりある。なんてったって一年の指針なのであるから、ここはいちばん、じっくり考えようではないか。 ……ううむ。二分で思いついてしまった。 じゃーん。以下が<二〇〇二年の寄席ライフについての指針>である。いかが? 一つ、なるべく芸協を見ることっ! 二つ、なるべくサラから見ることっ! 三つ、「寄席の後の店」を開拓することっ! ……ううむ。なんだか志が低いような気もするが。 ★ ★ ★ 熟考熟慮の末(?)とりあえず指針が出来たのだから、ここは一番、らくごの匂いを求めて町へ出よう。活動開始日としてはいつもよりすこーし早い一月三日、〒341-0021埼玉県三郷市さつき平…とまあ、そんなに細かい住所は必要ないが、とにかく自宅を飛び出したワタクシが向かったのは渋谷であった。 周知のごとく、渋谷には寄席がない。寄席は無いが用事はあるのだ。宇田川町交番横の台湾料理屋「龍の髯」の「うなぎラーメン」で腹ごしらえした後、井の頭線改札下にてNHK前の特設テント会場へ向かう林家正楽と接触。考えてみれば、今年はじめて見た芸人じゃん。で、「おっかけ」お玉ちゃん特製の「正楽寄席かるた」オリジナルポスター(美麗!)を受け取る。そう、今日は「かるた」の初売りをやっちゃおうという計画なのである。 「師匠、おめでとうございま~す。本日のスケジュールはどうなってんです~?」 「おめでとうございます~。今日はねー、朝、吉祥寺の前進座に行って、これからNHKでしょ、あとは寄席三つ~」 「ひえ~、五つ掛け持ちですか~」 タクシーで移動する大忙しの正楽を見送った後、ポスターと「かるた」五個を持って、新宿に移動だ。目指すは南口のプーク人形劇場。ここで今日から三日間、新作落語会「落語21」の正月特別興行が行われるのだよ。 まだ開場前なのに、十人ぐらいの列が出来ている。正月早々ご苦労なのは、僕も同じではあるが。「かるた」のチラシ百枚を挟み込み、ロビーの受付のデスクに「かるた」五個を置かせてもらう。今日は、あまり寄席に来ない新作系のお客さんに「かるた」の現物をみせるのが目的なので、売上は期待していないのね。でも売れるといいなあ。 この日の落語会は、いわゆる顔見世興行だから、しん平、昇太、談之助、円丈(NHKで「師弟競演」の収録をしたとかで、白鳥=この場合も、人間だからね~=を連れての楽屋入りだ)等々、にぎやかな顔ぶれだったが、ロビーと客席を行ったりきたりだったので、誰が何をやったか、ほとんど記憶に無い。では、そんなに忙しかったのかというと、この日のお買い上げは、たったの二個でした~。売るよりもアピールが目的とはいえ……、もうちょっと頑張らなきゃなあ。 ★ ★ ★ 翌々日、今度はまたまた新作系「落語ジャンクション」で、「かるた」アピール&即売である。「なかの芸能小劇場」は大賑わいで、開場直後に満員御礼。正月オールスターとはいえ、新作落語、幸先いいよね。で、僕はと言うと、にぎわうロビーの片隅で、持参した「かるた」十個をせっせとディスプレイしてたりして。はは。プークに置いてきた「かるた」の残り三個は、翌日の公演できれいに売り切れた(ナオミさん、イナダさん、ありがとねー)のでちょっと気分がいい。 当日の出演者は、ブラ汁、昇輔、楠美津香、白鳥、モロ師岡、喬太郎、だったかな?この日も僕は、客席とロビーを行ったりきたりで、いつどこで誰が何をどうしたか、5W1Hが曖昧なのだ。記憶に残った白鳥の高座だけ書いとくね。 「実はまだ真打昇進の披露目が残ってるんですよー。一月十三日、実家のある新潟の高田で昼夜二回、五百人収容のホール、押さえてあるんですよね。高田にはそんなに人口いないのに…。でも地元じゃ二百人の後援会ができちゃいまして、市会議員とか市長とか入ってるんですよ。で、これが日大OB。高田にはごろごろいるんですよ。人口の五分の一が日大OB!でもみんな、俺の芸をみたことないのー。オレが入り口で手ぬぐい配ってると、コート預けてく人がいるんだもんねー。で、会のチラシに『冬の夜、江戸の情緒を』なんて書いてあるの。あわてて文楽師匠のCD聴いたりして、『火炎太鼓』をって、あれ、文楽師匠はやらないか?」 あの白鳥が、八代目文楽が「火炎太鼓」をやらないことを知っている!人間と言うものは、進歩するんだなあと、しみじみとした思いに浸ってしまった(白鳥さん、ごめんよ~)。 ネタは「女子プロレスラー少女伝説」。悪役レスラーの姉を応援しようと、弟が作るスタミナドリンクがすごい。オットセイのキン○マと、納豆、とろろ、マムシ酒に、四つ葉のクローバーまで入っている! 「そんなの飲んだら、お腹こわすわよ!あたしはクロワッサンとカフェオレしか飲まないんだから」 「……。じゃ、カフェオレとクロワッサンも入れよう」 サゲもすごかった。それまでの展開とはあまり関係も無く、これなんだもん。 「ではみなさん御一緒に。一、二、三、ダーッ!」 前でこういうことをやられて、トリの喬太郎が黙っているはずがない。 「ダーッ!っていうオチ、いいですよね。『一つにしてはお若い』『一つで若かったら、どのくらいに見える』『ダーッ』」 この夜の「かるた」お買い上げは四個。ありがとうございました。~ ★ ★ ★ 一月六日(日) <末広亭・第二部> こくぶけん 右紋:都々逸親子 南八 栄馬:かつぎや Wモアモア 円枝 茶楽:紙入れ 八重子 助六:あやつりかっぽれ 小遊三:堀の内 仲入 小南治:寄合酒 円:山は雪 美由紀 昇太 遊三:ぱぴぷぺぽ ボンボンブラザーズ 主任=柳昇:雑俳 <末広亭・第三部> 前助:ラッキーおじさん ひまわり 右団治 平治:噺家ものまね ★ ★ ★ はや三日からゴソゴソ動いていたのに、今年初めての寄席見物は、結局六日になってしまった。指針その一「芸協を見る」にしたがい、「初寄席」は芸協興行を選んだ。テケツで珍しくニコニコ顔の席亭に新年の挨拶をして木戸を入ると、中はあららら、入ってるなー。一階席はほぼ満員、二階も、んー、半分ぐらいは埋まっているみたい。席亭の笑顔は、このせいか。下手側桟敷の中ほどに隙間を見つけて潜り込む。高座の上には注連飾り、いつもの無愛想な戸襖も、「初春大吉」と書かれたカラフルな書割に覆われている。初席、だよなあ。 大阪無頼の漫談、こくぶけんは、高倉健ネタが一番ウケる。 「生命保険は、どうやったら金もらえるの?」 「死んでもらいます」 右紋のマクラもいつもどおりか。 「僕は団塊の世代で、(客席を見渡し)この中にも同い年がいっぱいいるはず」と来れば、あのレトロ新作「ばばあんち」に入ると思うじゃないの。でも今日は「都々逸親子」。珍しいねー。 駄洒落連発の南八、のんびり口調の栄馬、シルバーネタの円枝。懐かしいと言うか、ほのぼのというか、十年一日代わりがないというか。良くも悪くも寄席の空気になじむ芸協落語が続く。 茶楽の柔らかな渋さは、もっと評価されていいと思うのだが。 「いっぱいのお客様で。上品なお客様にふさわしい噺をいたしましょう。今日は間男の噺を」 で、「紙入れ」をはじめたのだが、持ち時間の少ない正月の高座である。マクラもそこそこに入ったが、さすがに後半は急ぎ足だった。 松旭斎八重子は、正月用のいでたち、なのだろうか。巨大なトサカのようなヘアスタイル、長半纏とでもいうしかない不思議な着物、背中に大輪のハイビスカスの紋。衣装があんまり派手なので、どんな手品をやったのか、一つも記憶にありませぬ。 正月の高座に助六が出てくれば、客が期待するのは、何をおいても踊りだよね。でも、なかなかやんないの。漫談でさんざ気をもませて、最後の最後に「では、あやつりでかっぽれを」。待たされた観客は、やんやの喝采である。ふつうよりだいぶテンポの遅い三味線に乗って、たっぷりのあやつり。これでトリでもいいよね。 時間が押してるせいでもないだろうが、マシンガンのような早口でトントントントーンと弾む小遊三の「堀の内」。 「あすこ、お参り行こう。堀の内の、ホラ何だっけなあ。あ、そうだ、アラーの神!」 ひやー。 「落語芸術協会って、名前はすごいですけど、烏合の衆で」ってのも、すごかったなあ。 仲入を挟んで、鯉昇の代演が小南治って、あれー、これが今日はじめての代演じゃん。ここまで十数本、プログラムどおりって、コホン、こんなんで喜んではいけません。 「前座のころは、毎日毎日師匠の家の掃除ばかり。こんなことやってて、なんの役に立つのかと思いましたが、数年前に結婚しまして……」 なるほどー。 「二十分の高座は楽なんですよー。五分しかないってのは、かえって疲れる」という円は、「山は雪だんべー」だけ。これで疲れるかぁ? 白塗り、日本髪でキメキメの春風亭美由紀。 「これ、お正月スペシャルバージョンです。明日からはフツー」 せかせかと落ち着かないイメージが強い昇太の高座姿は、ほのぼの芸協の寄席で見ると、まるで早回しの無声映画のようだ。 「正月は炬燵でミカンって感じですよねー箱根駅伝趣味の悪い番組ですね日本人は疲れた人を見るのがすきなんですねんじゃ今日はこれでおしまい皆さんとは二度と会う事は無いでしょうけどー」 しゃべってるまま書こうとしたら、句読点がなくなってしまった。 トリの柳昇は、落語界では目白の人間国宝についで御長寿ナンバー2なのだが、今年も元気そうでなによりなにより。「寄席は毎日休みなし」「新作格言講座」「寄席花伝書」と自著三冊を宣伝してから「雑俳」へ。「初雪や ほうぼうの屋根が 白くなる」。正月、なんだよなあ。 二部がハネると、満員の客がどっと帰って、だいぶ居心地が良くなった。せっかく入れ替えナシなんだから、もうちょっとだけ聴いていくか。 実はこのとき、向かい側の桟敷に子連れの男性が座っていたのだが、これが会社の同僚の女性記者の亭主(これも新聞記者なのだが)と子供だったらしい。翌日この女性記者が僕のデスクまでやってきて、「昨日、亭主が末広亭へ行っんだけど『向かい桟敷に会社で見たことある人がいた』っていうんですよ。アタシ、絶対ながいさんだと思ったんだけど、そうなんでしょ」と確かめにきやがった。どうして「会社で見たことある人」ってだけで僕だと決め付けるんだよー。僕なんだけどさ。 第三部。立川流時代しか知らない前助を久々に見た。このクラスだと、正月の持ち時間は一、二分分らしい。「池袋周辺の電車で『ラッキーおじさん』というのが出没する。小柄で頭が真っ白で着物着てるって、これ文治師匠?」ってだけの話で、あっという間に下りていった。 平治は「あたしの時間は三分半ですから」と噺はせずに、飛び道具の物まねだ。 「口をとんがらせて、サシスセソをシャシシュシェショと発音すれば、ほーら柳昇師匠」 ほんとだー。 帰りは正月だから、ちょっとおごっちゃおうか。年に一、二度しかいかない伊勢丹のレストラン街、「天一」でワインと天ぷらだ。今年もいいことありますよーに。 ★ ★ ★ 一月八日(火) <鈴本・夜の部> 燕路:狸の札 静花 小袁治:東北弁金明竹 文朝:かつぎや 円歌 のいるこいる 三語楼:かわり目 喜多八:四つ目屋 扇橋:雷の小噺 小雪 こん平 さん喬:初天神 金馬:売り声 小猫 喬太郎 〆治 権太楼:ぜんざい公社 仲入 太神楽社中:寿獅子 小さん:ケチの小噺 花緑 一琴:アジアそば 正楽 主任=小三治:千早ふる ★ ★ ★ 口開けに芸協を見たんだから、夜席はどうしたって落語協会の興行だよな。今年の正月興行は、志ん朝師がいなくなっちゃったんで、小三治トリに人気が集中、鈴本は連日大盛況らしい。ま、世間がフツーに戻った八日ぐらいなら、少しはすいているだろうと出かけてみた。 エスカレーターで上ったところ正面に注連飾り。おお正月だなと、中に入ったら、五割ぐらいの入りか。客席中央あたりに団体さんが来るんだろう、ずらり三十席分、弁当が置かれていてんだけど、人が座ってないの。真ん中だから目立つ目立つ。寄席見物をするなら、早めに来いよなー。 ついて早々、静花のところで席を立ち、場内チェックにとりかかる。ロビーのエレベーター側にある電話の上に、お玉ちゃん特製「寄席かるた」ポスター発見!同じロビーの中央にあるウインドーに「寄席かるた」現物と大きなポスターが飾ってあるではありませぬか。いとよろし。 客席に戻ると、ちょうど小袁治の出。「待ってましたっ!」と声がかかる。 「小袁治の袁は、猿のケモノヘンを取ったやつ。けっして、『衰える』とか、『哀れ』とかではありません」 得意の「金明竹」のマクラが、「ある人が、って談志さんなんですけどね、バカの定義ってのを教えてくれまして。バカとは現状を把握してないヤツのことなんだそうです。たとえば一人で『ハンバーガー三十個ね』って買いに行って、『こちらでお召し上がりになりますか?』って言う店員とか。ま、落語でいうと与太郎なんですが」。 でこの「金明竹」の口上が全編山形弁なのね。 「おばんでがす」「おばんでないよ、おいら男だよ」 「与太郎、お前、今の話、少しはわかったかい?」 「にゃにゃーん、ケロケロ~」 「それじゃ人間じゃないよ」 小袁治、面白いよねー。 続く文朝もオトボケでは負けていない。 「本当のこと言いますと、夜はまだまだ始まったばかりですが、今まではろくな芸人が出ませんでした。ところで寄席の方は言い伝えがありまして、一月八日に来た客は大事にしろと。(初めて気がついたように)おや、今日はぐーぜんその日ですな。 「かつぎや」は、年始に来た客の名を帳面に縮めて書こうとすると、なぜか縁起の悪い言葉になってしまうというオソマツ。半田屋の新兵衛が「はんしん」、古田屋の瑞太郎で「ふずい」。綸子屋の重太郎が「りんじゅう」で、次の神田の桶吉が「かんおけ」。焼芋屋の馬平が「やきば」ってところで、「そんなやついるのか?」というツッコミの呼吸が絶妙なのだ。サゲは「こつあげ」で、「交通公社上尾支店」。今時そんな会社ないって。 のいる・こいるは盆も正月もなくホイホイと軽くて明るい。 「正月やっと終わってよかったよかった。いつまでもやってるわけにはいかないもんえー。一年なんてさー、あっという間に終わっちゃって、思うんだよ。今年もだめだったなーって」 妙に納得。あの超絶無内容トークには、意外な真実が隠れているのかもしれない。 サービス精神旺盛というか、それしかない感じのこん平。やっとこ埋まってきた中央の団体席を見ながら、「みなさん、体だけは大事にしてください。特にSMBCビジネスのみなさん」 そういう会社だったか。 「俺たちが来たくないのに、なんで客が来るんだろう」と後ろ向きな発言をしながら、さん喬は「初天神」を熱演。短い時間なので「だんご食い」だけをじーっくり。 小猫の高座は、まず年末にあっちにいった猫八の話から。 「昨年はうちのオヤジが他界しまして、考えてみれば八十歳。本当にいい仕事をしたと思います。うちのオヤジの一番いいところは、とにかくいい倅を持った事ですね。ええ、今日は新年動物リクエスト、元日から七日までのベスト5をおおくりします」 一位ウグイスの初音、二位は干支のウマ、三位ツル、四位カメで、五位がニワトリとネコ。干支は例年上位だというが、「干支によっては苦しい時もあるんですが、もう危機は脱しました。今年、来年、もう当分大丈夫ですね」だって。 喬太郎は、本人お気に入りと言うはハブの小噺から。 「(身体をくねらせ、舌をぺろりと出しながら)あのさー、おれたちってさー、毒蛇だよねー」 「そーだよ。毒蛇だよ」 「やっべー」 「どーしたの?」 「実はさー、さっき舌かんじゃった」 これって、彼のオリジナルではなくて、アイルランドのジョークなんだってね。 「怒ってますか?こーゆーの、好きな人だけ笑ってもらえばいいんです」 あとは、これも定番だけど、回送電車の小噺でおしまい。内容はあえて書かないが。 次の〆治はやたらと謙虚で、「本来ならアタシの持ち時間なんてないんでございます。このまま終わってもいいんでございますが」なんていって、本当にすぐ終わったあと、権太 楼が「ぜんざい公社」をしっかり。ぜんざいを食いに来てさんざんな目にあう男は「鈴木宗男、三十八歳、会社員、ヒラ」でした。 後半、太神楽社中の獅子舞で和んだ後は、御大小さんの登場。あれあれ、釈台が出てきて、目白はヒザ立ちのような感じで台につかまっている。足が悪いと聞いていたが、正座も出来ないぐらい弱っているのかあ。「今夜はしみったれの噺で。あとが大勢おりますから、どうぞごゆっくり」と、小噺二つ、二分で下りてしまった。ま、いーや。動く小さんが見られたんだから。 続く出番の花緑は、さっそくおじいちゃんのフォローである。 「ただいまは人間国宝で。正月は短いんですが、あれだけ短いと…。八十七ですからね(「はじちゅうなな…」と客席がざわめく)。長くやって早く死んじゃうよりいいですよね。人間国宝は通称で、ほんとは長いんですよね。重要無形文化財保持者。うちではあれを戒名に使おうかと…」 こういうヤバイこと言えるのは、ほんとの孫だけだよなー。 話にきくばかりだった一琴の大江戸線のマクラをはじめて聴く事が出来た。 「大江戸線って、世の中にあんなに間抜けな線はないですよ。練馬区民をバカにしてます。あれが新宿まで延びたときのポスターが、『これで練馬も新宿沿線だ』。伊勢丹が作ったポスターもひどかった。『練馬の皆さん、はじめまして』だって。伊勢丹ぐらい知っとるわ!これ、実話ですからねー」 三日に会っているのだが、正楽の高座を見るのは今年初めてだ。「お客さんの注文を受ける前に…」といったところで、「小さん師匠!」とフライング注文が来ちゃったりして。 「……そーですか。それじゃ今日はお客さんの注文から」 ははははは。小さん、馬、小泉総理と軽くさばいて、トリに渡す。見事な膝がわりである。 さてトリの小三治である。僕はここ数年、正月のトリは「小言念仏」にしか当たらない。上がりの時間が八時四十分。さて、今日は何やるのか、やらぬのか。 「みなさんがた、寄席なんてものは、お正月一度だけいけばいいと思ってるでしょ?それはねえ…、いいんでしょうかね、人間として…。噺なんてのはね、老若男女の混じり具合で変わる。変えるんじゃなくて、やってるうちにそーなるんですよ。だから、お客さんが寝れば、アタシも寝る。一番困るのは、老々女々」なんて、だらだらとマクラが続くのだが、こうやって文字にしてみると、小三治は何にも内容のあることを言っていない。ただ雰囲気だけ。これがどうして、寄席で聴いてると面白いのだろうか。 「人間というものは、自分のことに夢中になると、他のことがわかんなくなるという傾向がある。と、言っときましょう」とつないで「千早ふる」。これもつながっているような、いないような。そんなことを考えながら、小三治の気まま、わがままに付き合っているうちに、だらだらと時間が過ぎていく。これでいいのかという危機感と、それでもこれが寄席なのだという安心感。世の中における寄席のポジションなんてことを考えながら、上野の夜はゆっくり更けていくのだった。
つづく
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