うんちく・黄表紙【5】
【5】時代別傾向                              

 内容について、もう少々補足をしておきましょう。まず、黄表紙と一口にいっても
、二千種以上の作品がありますから、包括的にこういう内容ということは難しいです
。現在の漫画でも、SFものとかスポ根モノとかラブコメとか、1作1作いろいろな
傾向というかジャンルのようなものがあって、漫画とはこういう内容のものをいう、
というのが難しい、それと同じです。ただ、黄表紙の場合、例外は多々ありますが、
時代別に傾向が割につかみやすい、ということはあります。           

(1)初期                                 
 当初は、春町に代表されるように、主に武士階級の知識人が作り手となり、洒落本
の影響のもと、吉原を舞台にした、「通」で「粋」な世界が繰り広げられます。この
時は読み手の方も、同じ文化を共有する人、つまり吉原に出入りするような人たちで
すね、そういう人が読んで面白がる、という感じでした。

(2)中期                                 
 しばらくすると、武士ではない町人が作家としてデビューし、自分たちの手で自分
たちの文化を作り上げるような動きが現れてきます。山東京伝は、副業として煙草屋
さんをやっていましたし、一九などは蔦屋という出版社での中で、和紙のにじみ止め
加工をやっていました。作家が増えれば作風の幅も広がり、様々な読者のニーズに答
えられるようになって黄表紙は大衆化されてゆきます。中期が最盛期に当たります。

(3)後期                                 
 ところが、政治の方で、松平定信の寛政の改革という大改革が始まります。寛政改
革は、天明7年(1787)〜寛政5年(1793)です。黄表紙は、この改革とい
う時事ネタに敏感に反応してしまった。お上のことに口を出すのはけしからんと、先
に述べたような恋川春町の悲劇が起こってしまいます。これで、武士が手慰みに片手
間で楽しむにしてはリスクが高すぎることとなり、恋川春町・朋誠堂喜三二といった
、武士でありながら作家、という人は断筆してしまうわけです。しかも、吉原世界を
描くようなものは風紀紊乱けしからんとのケチもつき、流行作家京伝が、洒落本の方
で見せしめに罰せられたりしたものですから、残った町人作家の作風も一転してきま
す。当時流行っていた石門心学という、人生セミナー風のムーブメントに目をつけ、
心学物というジャンル一色に染まります。親孝行しろとか、正直に生きろとか、教訓
がどこかに入っているような、そんな読み物になってしまう。ただ、これは、通だの
粋だのといった狭い世界の話ではなく、誰にでもわかりやすい内容だったので、さら
に大衆化が進みました。                           

(4)晩期                                 
 最終的には、敵討ち物といった、テーマとしてはまるで黒本の時代に戻ったかのよ
うな作品が主流を占め、文化3年(1806)、式亭三馬の『雷太郎強悪物語』とい
う作品で黄表紙は終焉を迎え、後、合巻と呼ばれるものに変化してゆきます。   
合巻、というのは、3冊で完結だった黄表紙の複雑化・長編化によって、ストーリー
上5冊分、10冊分の頁が必要となり、それを1冊の厚い本にまとめた、巻を合わせ
たために、「合巻」と呼ばれたものです。                   

 もうひとつ。絵組の問題です。黄表紙は画文混淆、絵と文章が有機的に絡み合って
どちらも重要だ、ということには触れました。つまり、黄表紙を読むということは、
文章を読むと同時に絵を読むことでもある、ということです。          
 この「絵を読む」とは、風俗資料として、「ああ、この頃はこういうファッション
が流行っていたんだな」とか、「吉原の様子はこういう感じなんだな」とか、そうい
う風に読むことも、もちろんできます。ただ一方で、絵自体の当て込み、これは何の
パロディになっている、とかいう読み方の方も重要です。            
 いま、朋誠堂喜三二の黄表紙の一部を見てみましょう。絵の方は哥麿の弟子が描い
ています。これは、頼朝の時代に仮託して、寛政の改革を風刺した『文武二道万石通
(ぶんぶにどうまんごくどおし)』という作品(図9)ですが、図版画面左に頭をか
しげている人物がいます。この人物、畠山重忠という頼朝の家臣なんですが、着物に
ぽちぽちっとした柄があります。これは実は「梅鉢」という紋で、寛政の改革の主導
者の松平定信の家紋なんですね。つまり、この重忠のモデルは松平定信だ、というこ
とを示しています。さらに、同じ作品の別の頁には、世の中が重忠(つまり定信)の
おかげで改まりつつあり、ダメ侍が困っているというシーンがあります(図10)。
この左下の方に、5人のダメ侍がいます。それをよくみると(図11)、漢字で「田
」「松」「伊」「三」と書かれた人物が見えます。これらは、寛政の改革で追われた
方の人物、「田」は田沼意次、「松」は松本伊豆守、「伊」は井伊掃部頭(かもんの
かみ)、「三」は三枝(さいぐさ)土佐守を表していて、やはり当て込みになってい
ます。                                   
 こうした、「わかる人にはわかる」絵の読みというのは、作者や画家の遊びのよう
な部分でもありますから、別にわからなくても読むことができるし、それなりに面白
いといえば面白いんです。しかし、これがわかることによって、読みは深くなり、当
時の読者も例えば「ははーん、重忠は松平定信のつもりだな」とぴーんとくれば、よ
り楽しくなったことでしょう。                        


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