令和8年(2026)4月24日(金) 旧暦3月8日 仏滅
今朝の撮影 Data SONY α1 II Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG iPhone 17ProMAX 現像 Adobe PhotoshopLightroomCC 撮影枚数669枚
- 風に乗り 男女の別も吹き流し 理屈は地上鯉は空ゆく -
散歩の帰り、見上げた空に、立派な鯉のぼりが悠々と泳いでおりましたよ。「こどもの日」が近づいてまいりましたね。 青・赤・黒の鯉のさらに上、風をいっぱいに受けて優雅にはためく「吹き流し」。それは決して単なる飾りではございませんよ。 古代中国の陰陽五行説に由来する五色の布が用いられ、子どもたちを邪気から守る“お守り”としての意味が込められているのですよ。 その姿は実に華やかで目を引くものですが、その奥には、遥かな時代から受け継がれてきた祈りが、静かに、そして確かに織り込まれているのでございますね。 風の様子をうかがいながら、空を泳ぐ鯉のぼりにレンズを向けておりますと、ふいにビクトリー君が視界を横切って飛び去っていきましたよ。 悠々と風を受けて泳ぐ鯉たちの姿を見て、ビクトリー君も何やら不思議に思ったのでしょうか。空を泳ぐ仲間を見つけたつもりで近寄ったのか、それとも「自分の縄張りに妙な連中が現れた」とでも感じたのか――その真意は、聞いてみなければ分かりませんね。 もっとも、あほまろには、ほんの一瞬だけ鯉とハトが同じ空を分け合ったように見え、それが妙に可笑しくもあり、どこか微笑ましく感じられたのでございましたよ。 晴れた日には、いかにも気持ちよさそうに風と戯れる鯉のぼりですが、今朝は小雨の中。それでも彼らは少しも弱ることなく、空に向かって力強く舞っておりました。 なるほど、もともと水の中で生きる鯉でございますから、雨などは「お里帰り」程度のものなのかもしれません。人間の方がよほど軟弱で、少しの雨で傘を差し、足元を気にして歩く始末でございますよ。 風に吹かれて泳ぐその姿を見ておりますと、不思議と心が軽くなり、あほまろもまた、少しだけ大空に浮かんだような気分になるのでありました。 さて、5月5日の「こどもの日」は、子どもたちの幸福を願う国民の祝日でございます。しかし、その源流を辿れば「端午の節句」に行き着きます。この「端午」とは、年に五度巡る「五節句」のひとつであり、古代中国の風習が日本に伝わったものでございます。 奈良・平安の頃には宮中で「五日の節会」が催され、菖蒲を飾り、薬草を摘み、薬玉を贈り合って、健康と厄除けを祈願していたそうでございます。 やがて時代は下り、江戸の世になりますと、幕府はこの「端午の節句」を重要な節目と定め、武家社会では鎧兜や武者人形を飾り、男の子の成長と立身出世を願う日として定着してまいりました。つまり、本来の「端午の節句」は、男の子の無病息災を祈る日であったのでございます。 ところが現代では、「こどもの日」として男女を問わず祝う日へと姿を変えました。時代が進むにつれて、「男の子の日」から「すべての子どもの日」へ――言い換えれば、鯉のぼりの下で遊ぶのは男の子だけではなく、女の子もまた同じ空を見上げてよい時代になったということでございましょう。 もっとも、昔ながらの由来を知っておりますと、「これは本来どちらの日だったのか」と、つい理屈をこねたくなるのもあほまろの性。しかし、鯉のぼりはそんな議論などどこ吹く風で、ただ風に身を任せ、空を泳ぎ続けているのでございます。あほまろも見習わねばなりませんね――理屈よりも、まずは風に乗ることを。 「風に乗り 男女の別も吹き流し 理屈は地上鯉は空ゆく」(阿呆人也) 子どもたちの未来が、この鯉のぼりのように、しなやかに、そして力強く空へと伸びていきますように――あほまろは、そんなささやかな願いを胸に、今朝の境内をあとにしたのでございました。 今朝はしとしとと雨が降っておりました。雨雲レーダーを確認すると、約30分後には止む予報とのこと。そこで、あほまろは散歩の時間を少し遅らせて出かけることにいたしましたが、そのせいか、いつものウメちゃんには残念ながら逢えませんでしたよ。 今朝の外気温は14℃と、ややひんやりとした空気に包まれておりました。雨は上がったものの、昼頃までは雲が広がり、すっきりしない空模様が続く見込みです。しかし午後になるにつれて次第に晴れ間がのぞき、最高気温は20℃前後まで上がる予想とのこと。 朝の冷たさから一転して、日中は過ごしやすい陽気となりそうでございます。ゆっくりと、しかし確実に、天気は回復へと向かっていくようですね。 浅草寺の裏広場は、表のあの賑わいがまるで幻であったかのように、観光客の喧騒も届かぬ静寂に包まれた空間でございます。 あほまろにとっては、散歩の途中にふと足を止め、心を休める大切なくつろぎの場所なのです。 今朝の日の出は午前4時57分。 境内の藤棚は満開の時期を過ぎ、いよいよ花が散り始めてまいりました。幾筋にも連なる薄紫の花房が静かに垂れ下がるその姿は、まるで時の流れまでも緩やかにしてしまうかのようで、実に趣深く、風情に満ちておりました。 花の盛りというものは、まことにあっという間でございますね。あれほど賑やかに咲き誇っていた河津桜も、今ではその面影を静かに残しながら、雨に濡れた小さな赤い実が、そっと顔のぞかせておりましたよ。 おはようございます。今朝は開門4分前にやって来た、野崎さんと高橋さん。 おはよう益美さん。 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。 奥山の奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。 初夏の境内をご覧下さい。 空を悠々と泳ぐ鯉のぼりのその下では、水の中の鯉たちもまた、負けじと元気に泳ぎ回っておりました。 色とりどりの体をくねらせながら、水面を賑わせるその姿は、まるで空と水とで呼応し合っているかのようでございますね。ふと目を凝らせば、ひときわ優雅に舞う一匹――まるで天女のような気配をまとった鯉の姿も見えたのでございます。 空には風に乗る鯉、水には流れに身を任せる鯉。どちらもそれぞれの世界で、のびやかに生きている様子が、なんとも微笑ましく感じられましたよ。 「トウネズミモチ」 イロハモミジは見事に若葉を広げ、初夏の勢いを感じさせておりました。 定点観察を続けているソメイヨシノの、可憐な幹桜。あほまろはこの幹桜がことのほか好きで、毎朝その様子を欠かさず見届けているのでございます。 昨年から落ちることなく、新葉にそっと覆われながら、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。新葉に隠れてしまいましたが、その健気な姿に、あほまろは毎朝写真に記録し続けております。 「散りそびれ 時の流れに 抗(あらが)いて 幹しがみつく 意地の四枚葉」(阿呆人也) 境内一帯はすっかり平らに整えられ、かつての面影は、まるで記憶の中へと静かに溶けてしまったかのようでございます。 一面に敷き詰められた人工芝は、どこまでも均一で、整然とした広がりを見せ、その上にはただ広い空だけが、変わらぬ顔で静かに広がっておりましたよ。 賑わいや歴史の気配を宿していた場所も、今はどこか無機質な静けさに包まれ、時代の移ろいとは、かくもあっさりと景色を塗り替えてしまうものかと、あほまろはしばし立ち尽くしてしまったのでございました。 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。 ------------------------------------------------------- 夕べの睡眠は81%でした。 おはようヒロちゃん。 まだ寝ていたいんだよ。そんな心の声が、どこからともなく聞こえてくる朝でございました。 今朝の朝の朝食は、野菜とチェリソーとゆで卵にクルミパン。デザートはイチゴとミカン。 妻のコレクションは、ヒッピーさんとピッピーちゃん。 昨日の東京スカイツリー。 しゅと犬くん。 あほまろお帰りなさい。 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、残った肉まんとハムにクルミパン。デザートはデコポン。 妻のコレクションは、レアちゃんと瘋癲のリリーさん。 Memo iPhone 16 ProMAX