令和8年(2026)3月1日(日) 旧暦1月13日 先勝
今朝の撮影 Data SONY α1 II Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG iPhone 17ProMAX 現像 Adobe PhotoshopLightroomCC 撮影枚数719枚
- 戦後八十年、平和が「当たり前」は、奇跡の連続なのか -
今日は高気圧に覆われ、広い範囲で穏やかな日差しが届くようです。朝はやや曇り空で、外気温は7℃。けれども風がほとんど無く、体感的にはずいぶんと和らいだ、春らしい散歩となりましたよ。 このあと次第に晴れる所が多くなり、東日本で吹いていた強風も落ち着く見込みとのこと。最高気温は17℃まで上がる予報で、まさにお出かけ日和になりそうですね。 本日は東京マラソンの開催日。雷門前には、早朝からテレビの中継車がずらりと並び、いつもの静かな境内とは少々趣の異なる、活気ある朝でございました。 今回はあほまろの知り合いが出場するわけではないので、現地での応援はいたしませんが、冷たい空気の中を駆け抜けるランナーの皆さまには、どうか怪我なく、思いきり走り切っていただきたいものでございます。 春の光に背中を押されて――、今日もよい一日になりますように。 平和な日本の日常とは裏腹に、昨日、アメリカとイスラエルによるイランへの武力行使が行われ、それに対する報復も発生しました。報道によれば、イラン国内31州のうち24州で攻撃が確認され、各地で甚大な被害が出ているようです。 一方、イラン側も中東全域にわたり攻撃を実施したと伝えられております。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイや、カタールの首都ドーハのほか、バーレーン、クウェートでも、イランによる攻撃とみられる事例が報告されています。 いずれも米軍基地が所在する、あるいはアメリカと同盟関係にある国々であり、緊張の連鎖が広がっている状況です。これ以上、戦火が拡大しないことを、ただただ願うばかりでございます。 そんな中、今朝、犬友モモちゃんのお兄さんが、昨夜ドバイ出張から無事に帰国されましたよ。中東のメディアによると、イランのミサイル攻撃に関連し、ドバイ国際空港の旅客ターミナルも被害を受け、空港は閉鎖間際だったとのこと。その緊迫した状況の中で飛び立ち、帰国されたそうですから、さぞ不安な思いをされたことでしょう。 しかし、同僚の方はまだドバイで足止めされているとのこと。現地の情勢が不安定な中、今後の進展が気がかりです。一日も早く状況が落ち着き、皆さまが安全に帰国できますよう、心より祈っております。 遠い国の出来事とはいえ、世界はつながっております。穏やかな日常が当たり前ではないことを、あらためて思い知らされるニュースでございますね。 国際情勢が揺れ動く昨今でございます。 遠い国の空で轟く爆音が、テレビ画面を通して茶の間に入り込み、あほまろの静かな朝にも、かすかなざわめきを残していくのであります。 米軍基地が所在し、アメリカと同盟関係にある我が国――。戦後八十年、平和が「当たり前」であったこの国に暮らしながらも、その“当たり前”が、実は奇跡の連続であったのではないかと、ふと考えてしまうのでございます。 八十年。それは、あほまろが生きてきた時間よりも、ほんの少し長いだけ。つまり、戦争を知らぬ世代が、いつしか社会の大半を占めるほどの年月でございますからね。 けれども、「平和は続くもの」と信じることと、「平和は守らねばならぬもの」と心得ることとは、似て非なるものでありましょう。 あほまろは25年間、毎朝、浅草寺の境内を歩き、犬や鳥たちに挨拶をし、春の花を眺め、桜の芽吹きを気にかけているのです。それらは、あまりにも平凡で、あまりにも穏やかな営みでございます。 しかし、考えてみれば――、朝、自由に歩けること。写真機を手に、好きな景色を撮れること。日記を書き、冗談を交え、狂歌をひねる余裕があること・・・、 それらすべてが、「あるのが当然」の顔をしているだけで、本当は「有り難し」――つまり、“有ることが難しい”からこそ、有り難いのでありましょう。 日常とは、保証書の付いた商品ではございません。誰かが黙って守ってくれているから、今日も静かに始まるのでございます。 あほまろは思うのでございます。もしも、この穏やかな朝が突然失われるとしたら――、その時になってから「平和は有り難かった」と嘆くよりも、今こうして無事に夜が明けたことを、静かに噛みしめておきたいのであります。 もっとも、あまり深刻になり過ぎると、ビクトリー君に「おじいさん、また難しい顔してますね」と笑われてしまいますけどね。 ですから、あほまろは今日も、軽口を忘れずに、しかし心のどこかで感謝を抱きながら歩くのでございますよ。 「平和とは あるがままにてありがたし 無事なる朝の難(かた)きを知らず」(阿呆人也) 遠い国の火種が、どうかこれ以上広がりませぬように。そして、明日の浅草の空も、静かに白みゆきますように。 あほまろは、今日も小さな日常を大切に記しておくのであります。 浅草寺の裏広場。観光客の喧騒も届かず、ただ静かな空気が流れる、平和でとっておきの場所なのです。 新しい葉が芽吹き始めても、枝先にはなお昨年の実を手放さず残しているハナカイドウの実。 あほまろが毎朝観察している、数年に一度だけ花を咲かせるといわれるリュウゼツラン。残念ながら、今年は花芽の兆しは見られませんでした。 一昨年、五年ぶりにすっと天に向かって花茎を伸ばし、まるで境内に立つ塔のようにそびえ立ったあの姿――。あのときは、朝友の皆さんに「咲きましたよ!」と声を掛け、ちょっとしたお祭り騒ぎになったものでございましたよ。 人もまた、花の咲かぬ時期があるものです。けれども、その静かな時間があるからこそ、いざという時に天を突くほどの花を咲かせられるのかもしれませんね。 あほまろも、毎朝こうして眺めながら、自分の“花の時”を思い出したり、もう無理であろう次の花まで、想像してしまうのですよ。 「咲かぬ年 地中に秘めし力あり 龍も眠りて時を待つかな」(阿呆人也) 今年は静かな姿のままですが、それでも夜の灯りに照らされるその葉は、どこか誇らしげでございます。 「焦るなよ」と、逆にあほまろが諭されているようでありました。 今朝の日の出は午前6時11分。 浅草寺宝蔵門前には、日本三大桜のひとつとして名高い福島県の「三春滝桜(みはるたきざくら)」の系統から移植された、大きなシダレザクラがございます。 これが満開を迎えると、朱塗りの宝蔵門との取り合わせが実に見事。滝のように枝垂れる淡い花と、重厚な門の佇まいが織りなす光景は、まさに春の浅草ならではの贅沢な眺めでございます。 さて、その名木も、いよいよ蕾がふっくらと膨らみ始めました。枝先に宿る小さな命の兆し――。満開の景色を思い描きながら、今年もまたその瞬間を心待ちにしたいものですね。 国民的大女優・有村架純妃ご本人のお手植えとして、浅草寺に奉納された由緒ある河津桜。 今朝も変わらず、枝いっぱいに花を湛え、見事な満開を保っておりました。しかし、若葉がそっと顔をのぞかせ、すでに葉桜の気配も漂っておりましたよ。 ボケの花。 境内の河津桜は満開を終えて、濃い桃色の花弁と、芽吹いたばかりの柔らかな緑が目立ってまいりました。満開は永遠ではございません。 けれども、散りゆく前のこの瞬間こそが、もっとも輝いているのかもしれませんね。 「もう葉桜か」と嘆くのではなく、「葉桜まで楽しませてくれるのか」と、前向きに受け止めましょうね。 河津桜は、次の春へと歩み続けているのですからね。 境内の片隅で、ひっそりと咲いていた可憐な水仙も、どうやらそろそろ見納めのようでございます。 水仙は派手ではありません。けれども、静かに、確実に季節を進めていく力を持っております。 あほまろは、この水仙を見るたびに、故郷の雪解けの光景を思い出すのでございます。まだ地面のあちこちに雪が残るなか、冷たい風に揺れながらも、いち早く顔を出す小さな花々。 あの頃は、春が来るというだけで胸が躍ったものでした。 まだまだ頑張るシキザクラ。 夜明け前の闇を背景に、淡い桃色の花が、まるで星のように枝先に灯っておりました。春本番の桜とは違い、控えめで、どこか慎ましやか。それでも確かに、季節の歩みを止めぬ力強さを感じさせてくれます。 世界のどこかでは不穏なニュースが流れていても、ここ浅草の空には、こうして静かな花が揺れております。 当たり前のように迎える朝が、実はとても貴重な時間であることを、シキザクラはそっと教えてくれているのかもしれませんね。 境内で、最後まで頑張る紅梅の花。 満開の華やぎは過ぎ、仲間たちが静かに散っていく中で、それでもなお花を保つ姿。 その健気さに、あほまろは思わずレンズを向けてしまうのです。 白梅は終わってしまいました。 花は何も語りません。 「寒い」とも、「寂しい」とも、「もう終わりだ」とも言わない。ただ、与えられた時を静かに受け止め、淡々と咲き続けるのみでございます。 その無言の姿こそが、何より雄弁でありますね。揺れる花弁の一枚一枚が、「いま在ること」を精一杯生きているように見えてしまうのですよ。 今朝も六時、鐘楼の音が境内に静かに広がると同時に、ビクトリー君がやってまいりました。 まだ空は群青色を残し、東京スカイツリーの影が淡く浮かぶころ。その澄んだ空気を切り裂くように、羽ばたきの音が――。 「おはよう」と言わんばかりに、一直線にあほまろのもとへ。 翼を広げて着地するその姿は、まるで朝の儀式。あの橙色の瞳でこちらを見つめる様子は、何とも言えぬ愛嬌がございます。 世界のどこかでは騒がしいニュースが流れていても、ここでは鐘の音と、鳩の羽音だけが響いているのですよ。 朝のご挨拶を終えると、ビクトリー君はひらりと手水場へ飛び移り、 まずは一口、水を含みましたよ。 その仕草があまりにも自然で、まるで人間が目覚めた時のように、 「まずは一杯」といった風情に、思わず微笑んでしまいましたよ。 ビクトリー君は、何も語りません。けれども、毎朝こうして現れてくれることで、「今日も変わらぬ朝が来ましたよ」と知らせてくれているのかもしれませんね。 平和とは、大げさな言葉ではなく、 六時の鐘と一羽の鳩が揃うこと―― そんな小さな重なりのことを言うのかもしれません。 今朝も平和な夜が明けました。 犬友から犬のおやつのお裾分け。 ビクトリー君の羽ばたきと共に、静かな一日が始まったのでございます。 おやおや、今朝はハートちゃんご夫婦も揃ってお出ましでございましたよ。 仲良く並んで、コツコツと石畳を歩くその姿。まるで朝の散歩を楽しむご夫婦のようで、見ているだけでこちらの頬もゆるんでしまいました。 おはようございます。今朝は開門4分半前にやって来た、山本さん、野崎さん、高橋さんと金山さん。 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。 奥山の奥に移動された「日本のナイチンゲール」と称される瓜生岩子像。 春の境内をご覧下さい。 まだ寂しいイロハモミジ。 こちらも寂しいソメイヨシノ 昨年から落ちずに、いまだに枝にしがみついているソメイヨシノの四枚の葉。いったいどこまで踏ん張ってくれるのかな、頑張ってください。。 「散りそびれ 時の流れに 抗(あらが)いて 幹しがみつく 意地の四枚葉」(阿呆人也) 境内の木々はすべて伐採され、現在は一帯が平らに整地される工事の最中です。かつての木立の面影はなく、広々とした空だけが静かに広がることでしょう。 奥山の諸碑の一部は、観音裏の団十郎像の側に移設されました。 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。 今日は東京マラソンなので、早朝から準備が行われておりました。 ------------------------------------------------------- 夕べの睡眠は80%でした。 おはようヒロちゃん。 今朝の朝の朝食は、野菜とチェリソーとタマゴに納豆ごはん。デザートはイチゴ。 妻のコレクションは、東京マラソン応援の真美子さんとアスリーちゃん。 東京マラソンが始まりました。 昨日の東京スカイツリー。 あほまろお帰りなさい。 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、久しぶりに近所の寿司屋さんから出前一丁。 妻のコレクションは、瘋癲のリリーさんとレアちゃん。 Memo iPhone 16 ProMAX