あほまろとモモちゃんの今朝の浅草日記
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令和8年(2026)1月16日(金)旧暦11月28日 友引

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今朝の撮影 Data

SONY α1 II
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG
iPhone 17ProMAX
現像 Adobe PhotoshopLightroomCC
撮影枚数

- 切られ木の年輪数えて思い知る 人の都合の短きまなこ -

日記写真

 あほまろは、境内の奥山に立ち尽くし、しばし言葉を失っておりましたよ。
 見上げれば、かつて枝葉を大きく広げ、夏には木陰を、冬には鳥たちの止まり木を提供してくれていた木々が、無残にも腕をもがれた姿で空に向かって突っ立っているではありませんか。
 まるで長年勤め上げた役者が、突然舞台から引きずり下ろされたあとのようで、どこか居心地の悪い沈黙が境内に漂っておりました。
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 浅草寺の境内が公園地として指定されたのは、明治六年のこと。上野の寛永寺や芝の増上寺と同じく、近代国家として歩み始めた日本が「宗教空間と公共空間」を折り合いよく共存させようとした時代の産物でございました。
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 以来、境内の木々は放置されることなく、時代ごとに人の手が入り、剪定され、守られ、ときに植え替えられながら、この場所の記憶を静かに抱え続けてきたのです。
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 戦後においても、景観の維持や安全確保を目的とした手入れはありました。古木や危険木の整理、防火対策としてのイチョウの植樹など、「切る」よりも「活かす」ことを前提にした、いわば共生の管理でございました。
 あほまろの記憶する限り、境内一帯を一気に更地にするような、荒っぽい伐採など、ついぞ見たことがありません。
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 ところが今年はどうでしょう。西側の木々はことごとく伐られ、奥山では東京都指定の保存木にまで容赦なく刃が入りました。長年その木陰に寄り添うように立っていた石碑や歌碑までもが移動されると聞き、あほまろは「今度は石まで引っ越しかい」と、思わず独り言を漏らしてしまったのであります。
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 写真に写る切り株や、荷台に積まれた丸太を見るにつけ、あほまろは考えます。
 これらは単なる「木材」ではなく、雨の日も風の日も、祭りの日も静かな早朝も、境内を見守ってきた“記憶の柱”ではなかったか、と。
 安全や利便性、防災の名のもとに語られる整備の正しさは理解できぬでもありませんが、切り落とされた枝の断面からは、理屈では説明しきれぬ寂しさが滲み出ているように思えてならないのです。
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 あほまろは二十五年以上も毎朝、この奥山の木々を眺めてまいりました。
 春の芽吹き、夏の蝉しぐれ、秋の落葉、冬の裸木――それらは日記に書かれることもなく、写真に残されることも少ない、しかし確かにそこにあった時間でした。
 それが今、あっさりと消えてしまう。その現実を前にして、あほまろは「景観」という言葉の軽さと、「記憶」というものの重さを、あらためて噛みしめているのでございました。

「切られ木の 年輪数えて思い知る 人の都合の短きまなこ」(阿呆人也)
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 今朝の外気温は5℃。いつもより幾分暖かく、どこか季節外れの陽気に感じられました。南から暖かな空気が流れ込んでいるため、日中も気温は上昇し、東京の最高気温は16℃まで上がる見込みとのことです。
 日差しの下では、上着なしでも過ごせるほどになりそうですね。
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 明日からは、関東から西日本にかけて広く晴れ、気温もさらに上がる予報です。特に太平洋側では、普段の冬服では少し暑さを感じる場面もあるかもしれません。
ただし、空気は乾燥しがちですので、のどの保湿や体調管理には十分お気をつけて、どうぞ健やかにお過ごしください。
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 あほまろは、今朝の暦を眺めながら、思わず苦笑いを浮かべてしまいました。今日一月十六日は、かつて奉公人にとって年に二度しか与えられなかった休日、「薮入り(やぶいり)」の日でございます。
 江戸の町屋や商家に住み込みで働いていた丁稚や女中たちは、基本的に休みというものを持たぬ身でありました。朝から晩まで、晩から朝まで働くのが当たり前。今で言えば、残業代も有給休暇も、労働時間管理も存在しない、究極のブラック職場でございました。
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 そんな彼らが主家から正式に暇をもらい、実家へ帰ることを許されたのが、正月明けの一月十六日と、お盆の七月十六日。年にたった二日。二日だけですよ。
 それを思うと、現代人の「休めない」「忙しい」「ブラックだ」という嘆きは、江戸の奉公人から見れば、さぞかし贅沢な愚痴に聞こえたことでしょう。
 もっとも、今の働き方が本当に恵まれているかと問われれば、あほまろは、そこはそれ、話が別だとも思うのですけどね。
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 薮入りが広まった江戸時代、一月十五日は「小正月」という重要な行事の日でした。奉公人たちはその行事を奉公先で済ませ、ようやく翌日に休みを与えられたのでございます。主人は小遣いや手土産を持たせ、遠方で帰れない者には芝居見物を許すなど、形ばかりとはいえ「ねぎらい」というものが存在しておりました。
 今の会社で「小遣い」をもらえる休暇など、聞いたことがありません。代わりに配られるのは、「有給取得は計画的に」という、実に味気ない張り紙くらいなものでしょう。
 この語源は「草深い田舎へ帰る」からとも、「宿入り(実家へ帰る)」が転じたとも言われますが、詳細は不明です。 しかし、「薮の奥に帰るほど遠い家に、年に二度しか帰れなかった」という事実だけは、藪の中でも何でもなく、はっきりしております。
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 さらに今日一月十六日は、「閻魔参り」「閻魔賽日」ともされ、地獄の釜の蓋が開き、鬼も亡者も責め苦から解放される日とされております。
 人間も鬼も亡者も休む日があるというのに、現代社会ではどうでしょう。 メールは休日でも飛び交い、スマートフォンは布団の中まで仕事を運び込み、「休んでいるはずなのに、どこか落ち着かない」という奇妙な状態が常態化しております。
 地獄の鬼より、現代人のほうが休めていないのではないか――あほまろには、そう思えてならないのです。
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 労働基準法のおかげで、薮入りという制度そのものは消えました。代わりに私たちは、いつでも休める「権利」を手に入れましたが、同時に「休んでも休んだ気がしない時代」も背負い込んでしまいました。
 落語の中で描かれる薮入りは、涙と笑いに満ちておりますが、現代の働き方を題材にした噺が、なぜか後味の悪いものになりがちなのは、きっとそのせいなのでしょう。
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 正月と盆、年に二度の薮入りを、指折り数えて待っていた奉公人たち。彼らは確かに不自由でしたが、「休みとは何か」「家に帰るとは何か」を、今よりずっと深く知っていたのかもしれません。
 便利さの中で忙しさをこじらせた現代人に、薮入りという言葉は、静かに、しかし痛烈な問いを投げかけているように思えてならないのでございました。

「年に二度 薮入り休暇がうらやまし 休まず続くあほまろ日記」(阿呆人也)
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 今朝の日の出は午前6時50分。
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 今日の月は「有明月」。もうすぐ新月ですね。
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 おはようございます。中村さんとペコちゃんママ。
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 おはようございます。今日もいらっしゃった、野崎さんと高橋さん。無理せぬようにね。
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 おはよう、大根持った益美さん。
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 みなさん、今日も一日、無事で過ごせますよう、心を込めて祈りましょうね。
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 子育地蔵さま、わが家の子どもたちと猫の安全をお守りください。
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 日本のナイチンゲール、瓜生岩子像。
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 冬の境内をご覧下さい。
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 総ての葉が散って寂しくなったイロハモミジ。
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 こちらも寂しくなったメイヨシノの葉。
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 山茶花の花。
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 浅草寺境内は大きく変わりそうですね。
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 あほまろは今日も秘密基地でダラダラ過ごしますよ。
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 夕べの睡眠は82%でした。
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 おはようヒロちゃん。
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 今朝の朝の朝食は、野菜とお肉とタマゴに海苔ごはん。デザートはミカン。
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 妻のコレクションは、パソコンで遊ぶ、モミジさんと江里子さん。
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 昨日の東京スカイツリー。
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 しゅと犬くん。
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 あほまろお帰りなさい。
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 夕べの夜の夕食の晩ご飯は、久しぶりの肉まん。
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 妻のコレクションは、バービーちゃんとレアちゃん。
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Memo
iPhone 16 ProMAX

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